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- お伽話の住人 - ｓｉｄｅ S はじめて会った時、彼女は人間の姿ではなかった。 幻獣と人間との間に生まれたという彼女は、力の制御を失ったとかで、全身が淡く紅く光り、わずかに透けて見える姿がどうにか人間らしい形を保っていたにすぎなかった。 それは、とても美しい姿だった。 まるで夢のような、妖かしのような姿。遠い昔に聞いたお伽話の住人。森の奥で眠り続ける妖精。 目覚めた彼女にも驚かされた。 あまりにも、普通だったから。 何処にでもいそうな、年齢相応に悩んだり迷ったりする少女だった。 確かに、その瞳と髪は森の奥の妖精を思わせるような緑色で、それが彼女に不思議な印象を持たせてはいたが、それ以外はごく普通だった。 世間知らずで、純粋で、素直で。 自分の悩みが、ひどく大きな事だと信じていて、すぐに人に相談し、思い悩み、考え込み。 本人は自分には感情が無い、と言っていたが、俺には充分感情豊かに見えた。 魔法を使えるって事や、あまりにも世間知らず、という点には驚かされたが、それ以外はごく普通の少女だった。 マッシュに料理を習いながら作ってみては失敗して落ち込み、がんばってやっと目玉焼きが出来たと言って嬉しそうに笑う。 自分には愛が分からないからセリスの感情が分からず、セリスの力になれないと言って落ち込む。 フィガロ兄弟が仲がいいのを見ては自分は親のことも知らないし、ましてや兄弟なんていないから、どんな気持ちなのかうらやましい、なんて言う。 その何処が、感情が無い、なんて考えにつながるのだろうか。 何事にも真剣で、まじめで、必死で。 ギャンブラーなんてやっていると、知りあいはみんな世間慣れして、すれている人間ばかりだ。 こんなにもすれていない、生まれたばかりのようにまっすぐな人間は珍しかった。その普通さが新鮮だった。 幻獣と人間の掛け橋となるべく封魔壁へ向かう、と聞いたときは心配した。ひどく危なっかしく見えた。 ロックが付いて行くと言い出したときには安心したものだった。どんなに魔力があろうとも、剣の腕があろうとも、俺の目にはどうにも危うげに見える。 そもそもちゃんと行く道や方法がわかっているのだろうか、とか宿に泊まる方法は知っているのだろうか、とかそういう心配をしてしまう。 戦う能力については大丈夫だと思うのだが、かけひきとか常識とか、そういったものがとことんかけていそうに見える。 自分に期待されているものに対して、その期待にこたえる能力も、意思もありそうなのだが、何をしてでも生き残るというようなたくましさにかけているようにも見える。 再会するまでずっと心配で仕方が無かった。本当は一緒に行きたかったのかもしれない。再会したときは、心底安心した。 魔大陸が崩壊し、俺のブラックジャック号も壊れ、世界まで崩壊した。 俺は何故か生き延びてしまったが、彼女が生きているとは到底思えなかった。 彼女だけでなく、他の仲間達も生きているとも思えなかったし、仮に生きていたとしても、ブラックジャック号が無い今、俺には関係無いと思っていた。 空を飛ぶことが出来ないと、ギャンブルをする気にもなれず、仲間達を探す気力も無く、酒浸りの日々を送っていた。 セリスとフィガロ兄弟が来て、もう一度旅に出ようと言った。ケフカを倒すのだと言う。 俺は、そんなことはどうでもいいと答えた。俺がケフカを倒す戦力になるとは思えなかったし、飛空挺もない。 第一、ケフカを倒せるとは思えなかった。それでそう言ったらセリスに平手打ちされた。涙をためて俺をなじるその姿に、ふとダリルが重なった。 ダリルの威勢のいい声で、意気地の無い男は嫌いだよ、と言われた気がした。いや、俺は何を考えているのだろうか。ダリルはそんな女ではない。 ダリルは何も言わず、責めもせず、ただ俺を見捨てるだろう。そう。ダリルは俺を責めない。今の俺を見て責めるのは、責めてくれるのは、むしろ彼女。 あの緑の瞳に涙をためて、まっすぐに俺を見て言うだろう。何故来ないのかと、あなたが必要なのにと。 エドガーが夢をかなえようと言う。その、夢と言う言葉でダリルの夢を思い出した。そして、ファルコンのことを。 俺は、奴らのくさい夢にもう一度付き合うことにした。 そして再会した彼女に俺はまた驚かされた。 戦う力をなくしたと言い、一緒に戦っても足手まといになるからと言って参戦を断った彼女は１年間の間にしっかり自分の場所を勝ち得ていた。 俺が酒を飲んでいる間に彼女は大地に根を下ろし、芽吹いていた。自分が必要とされ、自分が生きていく場所を見つけていた。 もはや危うげなどではなく、むしろたくましく。感心してしまった。いや、感動かもしれない。 彼女にはいつも驚かされる。 いつも、予想とは違う一面を見せてくれる。 だからもう、目が離せない。 彼女は再び違う一面を見せた。 子ども達を守るために戦い、子ども達のために世界に平和を取り戻すのだと言う。彼女に、こんな強いところがあるなんて、俺は知らなかった。 そして、再び、彼女と共に旅に出る。 ｓｉｄｅ T 彼は、不思議な人だった。 いや、おかしな、と言うべきだろうか。 言葉の違いは良く分からない。ただ、彼の動機が理解できなくて。だから、おかしな人だと思った。 たとえば、ロックはリターナーの一員で帝国に反抗すると言う。エドガーは国王で、国のために帝国を倒したいのだと言う。 マッシュはそんなエドガーを助けたいと言う。だから、この辺りはまあ理解できると思う。結局、誰かを守りたいということだと思うから。 守りたいと言う感情はよく分からないけれど、多分、人間というものはそういうものなのだろうと思える。 けれど、彼は、これを賭けだと言う。 セリスとの賭けに、負けたから、と。 わからない。 理解できない。 そもそも賭けとは何のかわからない。 で、訊いてみた。 「何、と言われてもなあ…。」 ひどく困った様子で、けれど一生懸命答えてくれた。 「例えば、サイコロを振って、１が出たら俺が1000ギル、3が出たらティナが1000ギル払う、という約束をして、で、サイコロを振り、サイコロの目によって約束を守るというわけだ。」 「どうしてそんなことをするの？何の意味があるの？」 「意味なんてないさ。ただの、ゲームだ。」 「ゲーム？」 「そう」 「じゃあ、セッツァーにとっては、この戦いもゲームなの？」 彼は、少し戸惑った顔をしてから頷いた。 「まあ、そんなものだな。生命をかけたゲームというやつだ。」 「そんなの、おかしい。ゲームというのは楽しむものでしょう？生命を賭けて、楽しいの？」 「生命を賭けるから、楽しいのさ。」 やっぱり、おかしな人だと思う。 理解できない。 でも彼は実際に生命がけで戦っていた。 その様子に、ロックやエドガーとの差なんてなくて、動機なんて関係ないのだろうかと思った。で、エドガーに訊いてみた。 「奴にとって賭けは神聖なものなんだろう」 「神聖？」 「そう。最も大切なもの。」 「ゲームが？そんなの、おかしい。」 「おかしい？じゃ、ティナ、君は何のために戦うの？」 何のために？ そんなこと、私には分からない。 気が付いたら、戦っていた。助けてくれたロックが危なかったから、戦った。 それだけだ。 「…もし、私が頼んだから、と言うのなら、やめていいんだよ？」 エドガーの優しい言葉に首を振る。 そうじゃない。 そんなことのためじゃない。 私は、ただ、私にできることをしようって決めただけ。 封魔壁から幻獣の群れが飛び出て、巻き込まれたブラックジャック号は不時着した。 彼は楽しそうに船を修理していた。船が壊れたことが悔しくないのか問うと、悔しいと言う。 でも楽しそうに見えると言うと、こいつは俺の期待に充分以上にこたえてくれたと、愛しそうに船を見ながら答えた。 その後、私はレオ将軍たちと行動を共にした。再会した彼は、修理を終えたブラックジャック号を駆使してやってきた。修理の成果を嬉しそうに話してくれた。 しかし、そのブラックジャック号は魔大陸の崩壊と共に壊されてしまった。 私たちはばらばらに投げ出された。 モブリスの子供達は、暖かく私を迎えてくれた。そして、私を必要としてくれた。 何故なのかは、私にはわからない。 ただ。私の中で何かが変わり始めていた。 そして、私は戦う力を失った。 みんなが来てくれた時、とても嬉しかったけれど、一緒に行くことは出来なかった。 暫くして、仲間達は新しい飛空挺で来た。 私のことを心配して、様子を見に来てくれたのだと言う。 私は丁度カタリーナの赤ちゃんの問題でごたついていて。そして、その時にフンババがやって来た。 子供達を守りたくて。 必死になっているうちに、戦う力が戻って来た。 幻獣の姿になってしまった私を子供達はわかってくれた。 受け入れてくれた。 守りたいということが。 感情というものが。 少し、わかった気がした。 子供達にとって、私は必要なんだってことが、分かった気がした。 仲間達は、私を暖かく迎えてくれた。 彼は、元は親友のものだという飛空挺を、誇らし気に見せてくれた。 私には全くわからないのに、性能や機能やらを楽しそうに説明してくれる。 その様子は、モブリスの子供達と似ていると思った。 ダリルという親友のことも話してくれた。 彼と夢を共有していたその人が、少しうらやましかった。 「自分が何のために戦うのか、わかった気がする。」 エドガ−に言ってみた。エドガ−は穏やかに笑って、続きを促した。 「そう？」 「うん。みんなが、私を受け入れてくれたからなんだって。 みんな、自分に出来る精一杯のことをしていた。 だから、私も、私に出来る事を精一杯やりたかった。 そうすることでやっと、私もみんなの仲間なんだと思えるんだって、思っていた。 はっきりそう考えたんじゃないけど、そう思ってたんだってわかった。 今の私は、モブリスの子供達を守りたい。 そのために私に出来る事を精一杯やりたい。」 エドガ−は相変わらず穏やかに笑って聞いていた。 「ティナは賢いね。」 「え？」 「よく物事を見て、よく考えている。 素直で、正直で、純粋で。うらやましいくらいだ。」 返答に困ってしまっている私を、エドガ−は穏やかに笑って見ていた。 「それはおまえ、口説かれたんだよ。」 彼は、頭を抱えてそう言った。 「あの王様は誰彼かまわず、時と場所をわきまえずに、とにかくやたらと口説くんだから、少しわきまえとけ。」 そんなものだろうか。よくわからない。 大体、口説くというのは特定の人に自分に好意を持ってほしい時にするのではないだろうか。エドガ−が私にそこまでの好意を持っているとは思えない。 「誰でもいいんだよ。奴は。」 彼があきれた口調で続ける。 「大体オレが、何だってまだ戦うんだって訊いたら、世界中のレディのためなんて戯言を言っていたし。」 いかにも、エドガ−が言いそうな台詞だ。 「どうして素直に国のためって言わないのかしら？」 「いや、国のためってのは建前で、本音は女のためかもしれないぞ。」 「そうかな。」 「そんなもん。」 あの王様は、国に捕らわれてしまっているから。そう言ったのはセリスだった。今だに意味はよくわからないけれど。 「セッツァーは、何のために戦ってるの？」 「オレか？オレは…」 彼はちょっと照れ臭そうに笑ってから、答えた。 「空を、飛びたいんだよ。」 それは、本来すごく変な答えで。 でも、何故か私は納得してしまった。 きっと彼には、守りたい何かも、守りたい誰かも、要らないのだ。 ただ、やりたいというだけ。 多分、戦いたい、というのではなく。 空を飛びたい。 仲間の手助けをしたい。 それだけでいいのだろう。 やりたいからやる。 私も同じなのかもしれない。ただ、守りたい。仲間と旅をして、仲間の力になりたい。それだけなのかもしれない。 いろいろな事を考えたりしないで、いいのかもしれない。 「ねェ、賭けはどうなったの？」 「あれはオレの負け。生命は助かったけど、ブラックジャック号が壊れちまった。」 「今度の戦いは、賭けじゃないの？」 「そうだな。賭けと言えば、賭けかな。」 彼は、言われてはじめて気が付いたという表情で考え込みそれから言った。 「いや。負ける気がしないから、賭けにならない。」 笑ってしまう。相手はケフカなのに。でも。 「そうだね。私も、負ける気がしない。」 それから、彼を見る。 「ねェ、私と賭けをしない？」 「どんな？」 「この戦いが終わるまでに、私が"愛"というものがわかるかどうか。」 彼は素っ頓狂な声を上げて言った。 「王様とか？」 私は大きな声をあげて笑ってしまった。 そう言えば、笑う、なんてはじめてかもしれない。 私には感情なんて無いと思っていたのに。 おかしいって、こういうことなんだ。 『ティナは生まれたばかりの子供みたいなものだから、感情は少しずつわかってくる』 と言ってくれたのはエドガ−だった。 『愛がわからないってのは、男に惚れたことがないってだけだろ』 と言ったのは、彼だった。 私は涙が出る程笑いころげて、それからようやっと言った。 「…違う。相手の特定は無し。」 「そうか。」 彼はホッとしたように言った。 「それとも、相手が誰か、を賭ける？」 「それじゃ、オレに勝ち目がない。」 「そうか。」 「で、何を賭ける？」 それから旅が終わるまで、私達はいろいろなものを賭けた。 セリスに目玉焼きが作れるようになるか？とか、シャドウの年齢は？などなど。 途中から他のみんなも参加して、旅は大変楽しいものになっていった。 結局、彼との賭けは私の勝ち。ファルコン号は、毎週モブリスにやって来る。 |