忠犬物語

- 忠犬物語 -

「これでやっと…」
　崩れていく塔の壁に寄りかかり、全身黒ずくめの男…シャドウはその感情を常には見せない瞳に、微かな安堵の色を浮かべた。存在を消してしまいたいとでも言うように、その身体を物陰へと沈める。
「行け、インターセプター」
　そんな自分に心配そうに鼻面を押し付ける愛犬に、シャドウが厳しい顔を向けた。自分の命令に、それでも傍を離れない愛犬を何処か優しさの滲む瞳で見る。
「…一緒に逝くか？」
　疲れた様に愛犬の頭を撫でる主人を見つめ、インターセプターが低く鳴いた。
　そして…。

「良くやったぞ。インターセプター」
　いっそ白々しい程の爽やかな笑顔で、長い金髪の長身の青年、エドガーがインターセプターに近寄った。人には懐かぬその犬の頭を撫でて労う事はせず、素早くインターセプターが引きずる黒い物体を引き取る。
「マッシュ、手伝ってくれ」
　兄の声に急いで駆け寄ると、マッシュはその黒い物体を軽々と担ぎ上げた。そのまま飛空挺に駆け上る。その後をエドガーが続きインターセプターが乗るのを見届けると、操縦席の仲間へと声を掛けた。エドガーの声に短く答え、操縦席のセッツァーが飛空挺を飛ばす。
「あーあ。インターセプターじゃあ仕方ないけど、服ボロボロだなぁ」
　担いでいた物体、シャドウを甲板に降ろしマッシュが苦笑した。あちらこちらの布が擦れて薄くなり、何箇所かが破れている。その身体に見覚えのある獣の攻撃の跡を認め、しかしそれを綺麗に無視する。
「しょうがないじゃん。剥いちゃえ剥いちゃえ」
　悪びれた様子もなく、ロックがシャドウの覆面を外しはじめた。自然と手のあいている仲間が集まってくる。
「ありゃ？　けっこー若いじゃん。三十代後半ってとこかな」
「やったぁ、私一人勝ち。皆掛け金後で払ってねー」
　ロックの言葉に、遠くから声がした。見ると飛空挺を先導しているティナが嬉しそうに笑みを浮かべている。おそらくモブリスの子供たちにお土産でもと考えているのだろう。
「若く見積もってやったのに」
「大穴すぎたかな」
「四十代が妥当だと思ったんだがな」
「あの哀愁漂う背中はそうよねぇ」
　そんなティナとは反対に、他の仲間達は悔しそうな顔をして遠慮の欠片もない素直な感想を口にしていた。
「ちぇ。四十代だと思ったのに」
　呟きながら、至極当然という様にロックがシャドウの手袋を外す。
「あれ？　これどっかで見たような」
　現れたシャドウの指に見覚えのある指輪を認め、ロックが首を傾げた。

　ここは何処なのだろう…。
　はっきりとしない意識を抱え、ぼんやりとそう考える。見えるはずのない空が眼前に広がり、ある筈の布の感触が顔にない。そのおかしな事態にシャドウは勢い良く起き上がった。
「パパっ」
　突然、柔らかく温かい物体が体当たりしてきた。柔らかい金の巻き毛が頬を擽る。
　自分の状況が理解できないまま視線を感じ顔を上げると、仲間達が他人の幸せを心底祝福していると言いたげな表情を浮かべ自分を見ていた。
　その顔に白々しさや押し付けがましさや、はっきり言えば意地の悪さを感じてしまうのは、自分がひねくれている所為なのだろうか…。
　シャドウはリルムを抱きつかせたままぼんやりとそう考えた。
　状況を把握できない、否、把握したくないシャドウの腕に、愛犬が嬉しそうにその鼻面を押し付けてきた。

「身体に気をつけて」
「うん。そうだ、落ち着いたら皆でまた会おうね」
「それは良い考えだね」
　自分の頭上を、仲間達の声が飛び交っていく。最初は寂しげだったそれが、再会の約束へと進むにつれ明るく楽しげに変わっていくのをシャドウは感じた。
「それじゃあ、元気で」
　優しい笑みを浮かべて、エドガーはリルムの頭を撫で、隣に立つストラゴスに会釈すると優雅に身を翻し飛空挺へと歩き出した。そして、飛空挺の入り口で兄を待つマッシュに追いつくと、ふと思い出した様に優雅に振り返った。
「シャドウも、お幸せに」
　リルムに引きずられている黒い物体に微笑を浮かべてそう言い、フィガロの双子が仲良く飛空挺に入っていく。
　飛び立って行く飛空挺が目の端に映り、頭上から仲間達の声が聞こえた。シャドウは緩慢な動作で隣に立つ人物を見上げた。
　リルムとストラゴスが空を見上げ、飛空挺の甲板から手を振る仲間達に大きく手を振って応えている。
　その傍らには、誇らしげに立つ愛犬の姿があった。

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