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- ぬくもり - 一行はナルシェにいた。 ロック・コールの言葉を借りるなら、よりにもよってナルシェに。好んでそこにいる訳ではなかった。散り散りになった仲間を捜す旅の途中、飛空挺ファルコンが故障してしまったのだ。 炭坑都市ナルシェには少しばかり遠い場所だった。とうに日は暮れ、仕方なく一行は明朝修理を行うことにし、不時着した飛空挺で一夜を過ごすことにした。 「寒い…」 全員の共通の意見だが言ったところで意味のない台詞を、ロックが呟いた。意味のない分かりきった言葉に、室内の数人が冷たい視線でロックを見る。 「寒いっ」 再度呟く。先程よりは大きいその声に、だがやはり応えるものはいない。 「寒いんだってばっ」 「うるさい」 「分かりきってることを騒ぐんじゃねえ」 「騒ぐ元気があるんなら、倉庫からお酒でも持ってきてよ」 今までの沈黙の埋め合わせとでも言わんばかりに、仲間たちから冷たい声が返って来た。やっと引き出した嬉しくもない反応にいじけたような顔をして、ロックが半泣き状態で訴える。 「だってさ、氷点下だぜ、氷点下。なにが悲しくて極寒のナルシェで暖房も無しに一晩過ごさなくちゃなんないんだよっ」 「暖房も故障しているのだから仕方あるまい。諦めろ」 「だったらさあ、なんか燃やすとか」 エドガーの冷静な言葉に、ロックが期待するようにちらりと木製のテーブルを見た。 「火気厳禁だ。俺の大事なファルコンを燃やされてたまるか」 セッツァーが眉根を寄せる。 大雑把にも豚の丸焼きをファイアーで作ろうとし豚の消し炭を作るような面々に、飛空挺内部で火を扱わせる事を許可するほど、セッツァーは愚かではなかった。そして前科のある仲間達がそれに意見できるはずもない。 ロックは諦めたように溜め息を付き、少しでも暖を取るように身を縮めた。 「冷えてきたなあ」 談話室となっている部屋の扉が開き、毛布を抱えたマッシュが入って来た。言葉とは裏腹に大して寒そうという様子でもなく、かろうじていつもよりは厚着をしている程度である。コルツ山で修行を積み、鍛えた体は寒さに強いらしい。 「サンキュ」 ロックの時とは違い、その意味のない台詞に冷たい視線を投げかけはせず、仲間達が感謝の言葉でもってマッシュから毛布を受け取る。 「リルム…」 限界とばかりにセリスがリルムに声を掛けた。毛布に包まりインターセプターに抱きついていたリルムが、しょうがないなあと呟きながらインターセプターを放しセリスに近寄った。 「ああっ。子供って体温高いっ」 感極まるといった様子でセリスがリルムに抱き付いた。べったりとリルムを膝に抱き暖を取る。 「本当でござるなあ」 セリスの言葉に、眠ってしまったガウをちゃっかり湯たんぽにしていたカイエンが同調した。 マッシュから毛布を受け取り、それに包まりながら、ロックが羨ましそうに微かな期待を込めてセリスとリルムを見る。 「男はお断り」 リルムが冷たく言い放つ。リルムの言葉に、ロックのみならずセッツァーとエドガーも密かに視線を反らした。 次いで、ティナを見る。常日頃モグを抱っこしているティナは、当然とばかりにその日もモグを抱えていた。見苦しく権利を主張するわけにもいかず、諦めたようにロック、エドガー、セッツァーの三人が溜め息を付いた。 三人がシャドウを見る。暖を取るために一部屋に集まるという意見を珍しく受け入れて談話室にいたシャドウは、当然の権利で愛犬と一緒に毛布に包まっていた。羨望の入り混じった仲間の眼差しを、あっさりと無視する。 エドガーがロックを見、セッツァーを見た。三人とも同様に憮然とした表情を隠そうともせず、しかし不平を言う気力もない。 「マッシュ…」 「なんだい？ 兄貴」 毛布を配り終えた弟をエドガーが呼んだ。毛布から僅かに指を出し、手招きする。兄に呼ばれれば傍に行くのは至極当然と言うように、マッシュが兄に近付いた。 「ああっ、ぬくいっ」 傍らに立った弟にべったりと抱きつき、エドガーが感極まった様子で言った。更に暖を取るように弟に擦り寄る。 「お前は昔から湯たんぽとしても優秀だったよ」 「兄貴は昔から体温低かったからなあ」 いきなり抱き付いてきた兄を平然と腕に抱き、マッシュが呑気に笑った。 「…お前等、小さい頃一緒に寝てただろ」 「良く分かったな」 「そりゃあな…」 分からない奴がいたらお目に掛かりたいよと呟きながら、ロックが冷ややかな目でフィガロの双子を見る。 「お前等、変」 いささか羨望の混じった目で、セッツァーが言った。努めて口調は冷たくしていたが、変だろうとなんだろうと暖をとれるのは羨ましいらしい。 「なんとでも言え」 「ブラコン、変態、ホモ」 開き直ったように弟の肩から顔も上げずに言い切るエドガーに、言葉を放った方向とは違う方向から返答が来た。 エドガーが憮然とした顔を向ける。それにリルムが挑む様な視線を返す。 「なんとでも言え」 三秒と待たずに再び弟の肩に顔を埋めると、エドガーがくぐもった声で応えた。 「ブラコンブラコンブラコンっ」 リルムの発言をエドガーが平然と受けとめる。マッシュがその様子をほほえましそうに見ていた。 寒さは確実に理性の範囲を狭めていく。 恥と外聞を捨て去るには十分な寒さだった。 暖を取る手段のないロックとセッツァーの視線が、当然のように合った。 互いの意を探り合うような沈黙が流れる。 「こうなったらっ」 「な、なんだ！？」 突然、セッツァーが立ち上がった。突然の行動に思わずロックが後退る。 セッツァーは、やおらチョコボを呼び出すと抱きついた。ミシディアウサギではなかったのは、大きさの差だろうか…。 「ううっ。チョコボ臭い…」 チョコボに抱きついているのだから当たり前である。だが背に腹は変えられないらしく、セッツァーは暖を取るほうを選択した。 ありがたいことに、寒さは公平に全員の理性を奪っていた。常からは想像もできない情けない姿を気にするものはいなかった。言うなればお互い様でもある。 「…猫でも飼おうかなあ」 一人淋しく暖を取るロックの呟きが、虚しく室内に響いた。 その後、ロックが本当に猫を飼ったかどうかは定かではない…。 |