- Beautiful！ -


　広く豪華な一室に、十二人のＳｅｅＤが集まっていた。
　部屋の中央に立っているのはガーデンでも美女と名高いキスティス。そしてその周りには、深刻そうな面持ちのＳｅｅＤが数人、 何ともいえない笑みを浮べたものが数人、興味津々といったものが数人と、ＳｅｅＤ達がそれぞれ異なる面持ちで立っていた。

「絶対に嫌だっ」
　ゼルが顔を真っ赤にして抗議する。子供の駄々のようにも見えるそれをやれやれといった風に見やり、キスティスが溜め息を吐いた。
「ゼル。あなたもプロでしょう？　男らしく潔く諦めなさい」
「男らしく諦めて、何が悲しくて女装しなきゃなんないんだよっ」
「仕方ないでしょ。人数が合わないんだから」
　淡々と返され、ゼルが頬を膨らませてキスティスから視線をはずす。その様子は、拗ねた子供そのものだ。
「大丈夫だ、ゼル。おまえ一人じゃない」
　ぽん、と軽くゼルの肩に手を乗せ、スコールがゼルにしか見せない微かな笑みを浮かべた。 普段は表情のない整った容貌が優しく緩む様は見惚れてしまうほどだが、言ってることは意味不明だ。
「一人じゃないとどう大丈夫なんだよ！　それにスコールはしないんじゃないか」
「１７５センチ以下が対象だ」
「スコールなんかニセンチしか余裕ないじゃん。そんな決め方ずるい！」
　身長の話が出て、ゼルが益々拗ねていく。
　拗ねると益々可愛い。
　すでに脳内が膿んでいるスコールが、微笑を浮かべてゼルの頭を宥める様に撫でた。
「じゃあどうやって決めれば納得するんだ？」
　スコールが拗ねた子供の機嫌を取るように顔を覗き込んで訊ねると、ゼルが暫し考える様に視線を宙にさまよわせた。
「えっと、くじとかじゃんけんとか」
「却下」
　速攻でキスティスが駄目を出す。
「いい、ゼル。世の中には女装をしてはいけない人間も居るのよ」
　諭すように優しく話し掛けるキスティスの視線の先には、我関せずを決め込むサイファーとアーヴァインの姿があった。
　何処の世界に１８０センチを超える巨体の女装を見たい人間が居るだろうか。よしんばまかり間違って居たとしても、 今回の任務は決してお笑いを取ることが目的ではない。ましてやホラーな世界へようこそ、という趣向でもない。
「ったく、いい加減に諦めろ」
「そうそう。どんな決め方したってゼルは女装組なんだから」
　絶対に自分にはお鉢が回ってこないものと、長身の二人が他人事のように言う。実際、今回に限り他人事ではある。 しかし、この時点で違う意味で他人事ではない事実に、二人は気が付いていなかった。
「何でだよっ。俺だってセルフィとなら組めるぜ！」
　セルフィは身長の高くないゼルより更に十センチ近く低い。まあ、そうなんだけど、とアーヴァインが言葉を濁した。
「無理じゃないかなあ〜」
　期待するようなゼルの視線を受け、セルフィがきょとんと首を傾げる。
「なんで？」
「だってゼル、似合いそうだもん」
　セルフィの言葉に一瞬きょとんと呆けてから、ゼルが耳まで真っ赤になった。
「似合うわけないだろっ」
　顔から湯気が出そうな勢いで怒鳴る。
「いやあ、似合うと思うよ〜。ゼル、筋肉質じゃないし」
「可愛いし」
「ちびだしな」
　日頃気にしている、身長の低さと童顔と筋肉の太らない体質をさらりと指摘され、低く唸りながらゼルが拳を強く握り締めた。 肩が小刻みに震える。
「みんなして馬鹿にしてーっ！！」
　悔しさのあまり目じりに涙を浮かべ、ゼルが喚いた。
　今も昔も、ゼルの涙腺は脆い。


　事の発端は、今回のクライアントの一言である。
「堅っ苦しいのとか仰々しいの嫌いなんだよね。どうせなら華添えて欲しいなあ」
　へらへらと笑いながらそう言われ、ガードでございとばかりにパーティー会場に配置される予定だったＳｅｅＤ達は、 客に混じっての警護にあたることになった。客に混じる、と言うことは二人一組の男女の組み合わせでなければならない。
　そもそも今回の依頼は、ガーデンとは浅からぬ縁のエスタ大統領の豪儀な計らい、とも言えるものだった。
「十二人くらい頼みたいんだけどさあ、知らない仲でもないんだし君達にお願いできないかな？　仕事が終わってから内輪で騒ぎたいし」
　そんな風に耳打ちされればむげに断るわけにもいかない。そもそもエスタはお得意様で、大統領のラグナとは面識があるどころではない。
　かくしてスコールやゼルをはじめとする、些かお高くつく面々が選出された訳なのだが、この偏った人選が問題だった。
　派遣された十二人中、女性はキスティスとセルフィを含めて四人。更に貴重な女性であるキスティスは、 今回のパーティーの責任者にエスコートされることになっており、更にもう一人は監視モニターに張り付いている監視係として選ばれていた。
　エスタに着いてからクライアントに華を添えてといわれた時、今回のリーダーであるキスティスは言ったのだ。客に混じれるような人選はしていない、と。
「実は交代で楽しんで欲しくて十二人も頼んだんだよ。服とかは用意するからなんとかならない？」
　と、こっそりとお願いするように言われてしまっては、断りきれるものではない。挙句に、かたっくるしく考えないでさあ、等とのんきに言われてしまう始末。
　本気で警護を頼みたいのだろうか、実は息子を誘いたかっただけでは、とキスティスが疑いたくなるのも無理はない。 そこまできて、キスティスは開き直った。我々はプロなのだから、警護もこなしクライアントの要望にも応えてみせようではないか、と。
　かくして、三人の男が犠牲となる。


「会心の出来ね」
　キスティスが満足そうに息を吐く。その傍らには拗ねた様に明後日の方を見るゼルが居た。
　目じりの些か釣り上がった眼と淡い金髪がきつい印象を与えるが、左頬のペイントが無い事とさらさらと下りている髪の所為か、童顔なのがはっきり分かり可愛らしい。 塗りたくり誤魔化すなどというものではなく、自然な感じに施された化粧で十分清楚で綺麗なお嬢さんが出来上がっていた。
「笑うなっ！！」
　スコールやサイファー、アーヴァインらの視線を受け、キッと睨んでゼルが怒鳴った。
「笑ってねえだろ」
「そうそう。ゼル、可愛い〜。似合ってるよ〜。口説きたくなるくらい」
「……てめえが言うと冗談に聞こえん」
　ニコニコとゼルの手を取って笑うアーヴァインから奪う様に、サイファーがゼルを抱き寄せた。 珍しく抵抗も見せずにゼルがサイファーの腕の中に収まる。どうやらスカートが足に絡まって上手く動けないらしい。
「ほら、てめえもうだうだ言ってねえで諦めろ。仕方ないだろ、任務なんだし」
　腕の中のゼルが、悔しさと恥ずかしさのあまり目に涙を浮かべてサイファーを見上げた。
　かっ、可愛いっ。このまま拉致るか？
　すでに脳の腐敗が始まっているサイファーが瞬時に考える。
　上目遣いになると、きつさが和らぎ確かに可愛い。
「ゼル、今日一日の辛抱だから。な？」
　サイファーの所業にこめかみに青筋を立てながら、出遅れたスコールがゼルに近付いた。 怒気も露わにサイファーを睨んでいたスコールの表情が、ゼルに視線を移した瞬間柔らかく綻ぶ。
　瞬間芸、とその様子を呆れ半分でぼんやりと眺めていたキスティスが心の中で呟いた。
「みんなして、人事だと思って……」
　今にも泣きそうな声でゼルが呟く。涙で瞳が潤んだ瞬間。
「ゼル、お化粧が落ちるから泣いちゃ駄目よ」
　絶妙なタイミングでキスティスが声をかけた。

「で、組み合わせなんだけど……」
「俺はゼルとが良い」
「チキンとでかまわん」
「セフィ、僕と組も〜」
　言いかけた言葉を遮る様に出された希望を、キスティスが瞬時に却下した。
「あのねえ、希望通りにはいかないのよ。あなた達は彼女達と組んでもらうわ」
　そういったキスティスの視線の先には、泣くことも許されない１７５センチ以下のＳｅｅＤ二人が泣きたい思いで立っていた。
　泣きたい、と虚ろな目をしたサイファーとアーヴァインを見やってほくそえみ、スコールがサイファーの腕からゼルを奪い取る。
「じゃ、俺はゼルとという事で」
　無駄に背が高くなくて良かった。ついでに低すぎなくて良かった。
　スコールは存在を信じてもいない神に感謝した。
　ちゃっかりとゼルの細い腰に腕を回し、しっかりと抱き寄せる。
「ほら、いい加減に機嫌を直せ。会場で何か食べさせてやるから」
　耳元でこっそりと囁くと、ゼルが漸く顔を上げた。少し機嫌が直ったらしい。
「でも、任務中にそんな……」
　目的は警護であるれっきとした任務なのだから、がっつく訳にはいかない。 不自然にならない程度の飲食は許されるが、大抵の場合、殆ど食べ物は口に出来ない。
　困惑気味に微かに眉根を寄せるゼルに、可愛くて仕方が無い、という様にスコールが微笑を浮かべた。 一年前には考えられなかった光景だが、今となっては珍しくも何ともないどころか見たくなくても目に入る光景に、一人を除く室内の全員が無視を決め込んでいた。
　除外される一人が、憤怒の形相でスコールを睨む。 眉間の縦皺を更に深くしているサイファーの隣から、じゃんけんに敗れパートナーになってしまったＳｅｅＤが静かに一歩離れた。
「大丈夫だ。任せろ」
　キスティスに聞こえないように、という振りをして、スコールがゼルの腰を更に引き寄せ耳元で囁く。
「スコールが言うんなら、間違い無いよなっ」
　腰に絡み付くスコールの腕をまったく気にせず、ゼルが嬉しそうに笑った。

　ゼルはスコールを、べたべた触りたがる猫みたいな奴、と認識している。
　抱きついたり手を握ったりする程度ならスキンシップと考えるゼルも、あまりにもスコールがべたべたと触りたがるので、訝って訊いたことがあった。
　スコールって触れるの好きなのか、ときょとんとして訊ねるゼルに、少し寂しそうにしてスコールは、嫌か、と訊き返したのだった。
　ちょうどスコールは里子に出されることも無くガーデンで育ったのだと改めて認識した頃だったため、 ゼルは家族の愛情やスキンシップに飢えているスコールのある種の甘えなのだと結論付けた。
　ゼルはある意味非常に扱いやすい。
　ちなみにサイファーがやたらとゼルを抱き寄せるのは、嫌がらせの一種として処理されている。
　鈍いのも大概にしろという程の天然っぷりだが、相手が相手なだけに、本人の幸せのためにはちょうど良い思考回路なのかもしれない。

「誰か、何か質問ある？」
　一通り警護についての確認をした後、キスティスが室内の全員を見渡した。
　その視線を受け、ふと、ゼルが口を開いた。スコールを貼り付けたまま、何とはなしに、と言った様子で微かに首を傾げる。
「あのさ、トイレ行きたくなったら……」
「個人的には、そうならないことをお勧めするわ。任務に支障をきたす様なら、女性用を使用すること。以上」
　淡々と、事も無げに向けられた言葉に、ゼルは本気で泣きたくなった。



「キスティスって、ばけもんだ」
　おいおい幼馴染にそれはないだろう……否定はしないが。と思いつつ、スコールは静かに、何処が、と訊ねた。
「ヒール、十センチくらいあんじゃねえ？　あんなで歩けるなんて、人間業じゃない」
　ゼルの視線に促され目を向けると、キスティスがキロスにエスコートされて歩いていた。 談笑しながら歩くキスティスからゼルに視線を戻すと、彼は苦虫を噛み潰したような顔で自分の足元を見ていた。
「俺、こんなじゃいざって時動けねえよ」
「何かあったら俺が先に動くから、援護に回れ。……それと、足技は止めておけ」
「……うん。そーだな。このカッコで足技はやだ」
　たかだか数センチのヒールで、ゼルは歩くのが辛い様だった。
　転びそうになったら寄り掛かってもいいから、とスコールがにっこりと笑って手を差し出したので、 ゼルはその言葉に甘えべったりと腕に縋りつくように歩いている。故に、傍から見ると怖いくらい今日のスコールは機嫌がいい。

「よお、スコール！」
　やけにテンションの高い聞き覚えのある声が聞こえ、スコールとゼルが視線を向けると、 珍しくその職業に見合った格好をしたラグナが嬉しそうに歩いてくるのが目に入った。
　ああいう格好してるとちゃんと大統領に見えるんだ、と妙な関心をして、 ゼルはラグナを眺めたまま動く気はさらさらないらしいスコールに従って、ラグナが目の前までくるのを待った。
　珍しく息子が眉間に皺を寄せるでもなく、あからさまに嫌そうな顔をするでもなく自分を見ているのが嬉しいのか、ラグナは何時にも増して嬉しそうだ。
「お久しぶりです」
　スコールが何時も通り何も言う気がない様なので代わってゼルが挨拶をすると、ラグナがにこにことゼルを見た。
「久しぶり〜。元気そうだな。ゼル君、可愛いじゃないか。似合う似合う」
　本人は誉め言葉のつもりなのか楽しそうに頷きながらそう言うと、ゼルが真っ赤になって俯いた。 恥ずかしさのあまり泣きそうな顔になる。今にも泣き出しそうな雰囲気に、ラグナが慌ててゼルの顔を覗き込んだ。
「あ、あれ？　どうしたのかな？　変じゃないよ。似合ってるって」
　自分が更に追い討ちを掛けていることに気が付かずに、ラグナが言葉を続ける。 俯いたままのゼルに困り果て、ラグナが縋るような目でスコールを見た。
　ラグナはこういった失敗が多い。その度に溜め息を吐き呆れ果てた冷ややかな視線を送るスコールは、 何故か今回は微かに満足そうに目を細めただけだった。ラグナの視線に意味ありげに顎をしゃくる。 それが示すものに気が付き、ラグナが助かったとばかりに満面の笑みを浮べた。
「ゼル君、料理は食べたかな？　おいしいぞ。おじさんが取ってきてあげよう！」
　ゼルをスコールに預け、そそくさと料理を取りに行く。
　あんなのでもたまには役に立つんじゃないか。
　仮にも父親にあんまりな事を考えつつ、スコールはゼルの肩を抱き寄せラグナの後姿を満足そうに見送った。
　ラグナは脊髄反射で言葉が出る、というのはスコールの言である。 要するに脳を通さず失言をかますという意味だが、胸をはってそれを否定できる人間は本人を入れても存在しない。
　周りの人間はその性質を微笑ましい、もしくはラグナらしいと好意的に受け取っているが、実の息子はあからさまに冷たかった。

　ラグナらしくこんなに誰が食べるんだ、というほどたっぷりと皿に料理を載せ、すぐにラグナが戻ってきた。
「ほ〜らゼル君、おいしいぞ」
　子供をあやす様な口調で、下から覗きこむようにして皿を手渡す。片手にフォークを持たせると、ラグナがニ人を交互に見た。
「では、ニ人とも任務に励んでくれたまえ」
　失態を誤魔化すようにスコールの肩をばんばんと叩き、また後でな〜、と能天気に笑うとラグナは人ごみの中に戻っていった。
「機嫌は直ったか？」
　スコールが満足そうに料理を食べるゼルに柔らかな視線を向けた。
「おう！」
「……あまりがっつくなよ」
　幸せそうなゼルに相好を崩し、ゼルの耳元で囁く。自分の格好に気が付き、ゼルが慎重に料理を口に運んだ。
「スコールも食う？」
　ふと、ゼルがスコールを見上げた。いや、と言いかけたスコールは、何を思ったのか頷くと、ゼルが差し出したフォークから料理をぱくりと口にした。
「……自分で食えよ」
「ん。なかなかうまいな」
　噛み合わない会話に、ゼルが呆れた様にスコールを見た。 しかし、スコールが時々わけがわからなくなるのは何時もの事なので、まあいいかと呟いてまた料理を食べ始める。 いちいち気にしていたのではスコールとは付き合えない。
　満足そうに料理を頬張るゼルを眺め、微笑を浮べたスコールは視線を感じて顔を上げた。 視線の相手を認め、挑発するようにうっすらと笑みを浮べて夢中になって食べているゼルの肩を抱き寄せる。
　目と目で会話をするが如く、サイファーはスコールの意図するところを正確に受け取った。 怒りのオーラを纏い、こめかみに青筋を浮べ眉間に縦皺を深く刻む。 相手の考えが手に取るように判る二人は、結局のところ似た者同士なのだ。 その証拠に、ゼルの肩を抱き寄せ自分のものと主張するスコールの姿は、 サイファーが暴れるゼルを抱き寄せている時のそれとなんら変わらない。

　失神できたら、どんなにか幸せだろう。
　サイファーの隣を離れるわけも行かず、かといって声を掛けることも目を合わせる事もしたくない不運なＳｅｅＤは、涙を堪え、溜め息すら堪えていた。
　なぜ、ガーデンの至るところで繰り広げられる光景を、ここでまで見なければならないのか。この任務に選ばれてしまったことを、怨んでしまいそうになる。
　しかし、有難い事に彼らはまだ一応プロ意識を持っている。それによしんば乱闘になったとしても、ゼルとキスティスとセルフィが止めてくれるだろう。……きっと。
　ガーデンの問題児であるニ人のけんかを止められる人物はここには三人もいるのだ。……止めようとする人物が何人かはともかく。
　自分を慰め様とする度に否定しがたい現実が脳裏を掠め、現状を正しく把握してしまうＳｅｅＤとしての自分に涙が出そうになった。
「仕事。プロ。責任。人の目。常識。理性」
　サイファーを落ち着かせる為の呪文を囁くＳｅｅＤの隣で、無言の目と目の会話は続いていた。

　不運なＳｅｅＤの努力空しく、憤怒のオーラが高まりサイファーがぶち切れるのも時間の問題か、と思われた時。 苦悶するＳｅｅＤの祈りが通じたのか、傍から見るとサイファーとみつめあっているスコールの隣でゼルが料理から視線を上げた。 今になって漸くその不穏な空気に気が付いたらしい。
　鈍い、としか言いようのない遅さだが、常に渦中にいることで否応なく慣れてしまっただけかもしれない。
　自分達の方へ視線を向けるどう見ても不機嫌そうなサイファーに気が付き、ゼルは不思議そうに小首を傾げた。 小動物を連想させるその仕草に次いで、止めの様にゼルがにっこりと笑った。

　そうして危険は回避された。


　結局その後も何事も起こらず、その日の任務は女装をさせられるというあまり楽しくない経験をさせられたものの、 ある意味では楽な任務となった。無論人によっては、だが。
「やっぱり息子を誘いたかっただけなんじゃ……」
　撤収時のキスティスの呟きに、コメントできるＳｅｅＤはいなかった。



　手渡された衣服を、サイファーは憮然とした表情で無造作に掴んでいた。隣には些か呆然として、アーヴァインが同じく衣服を手にしている。
「仕方ないよなっ。任務なんだし」
　ニコニコとゼルが笑う。
「写真とらせてね〜。楽しみ〜」
　セルフィがカメラを手に笑う。
　楽しそうなお子様ニ人を前にして、サイファーの眉間の皺が更に深く刻まれた。 片手には何処から調達してきたのか、女物とは思えないようなサイズのワンピース。 片手には、同じく何処で売っていたのか謎としか思えない巨大なパンプス。 ロング丈のスカートは、せめても脚が出ないようにという思いやりの表れなのかもしれない。……それが着る側へなのか、見る側へなのかは謎だが。
「ゼル」
　楽しそうに長身の二人を見上げていた二人が、後ろから掛けられた声に振り向いた。感嘆の声を上げて声の主、スコールのところへと駆け寄る。

　違和感なく似合っているところに、違和感がある気がする……。
　サイファーは遠目にスコールを眺めて、微かな眩暈を覚えた。
「すっげえ。スコール似合ってるじゃん」
「すっごい。はんちょー美人〜。これなら誰でも落ちるよ〜」
「そうか？」
　整った容貌に惜しげもなく微笑を浮かべ、スコールがゼルを見る。ゼルに誉められたスコールは、その内容にも関わらず嬉しそうだ。
「はんちょ、お母さん似なんじゃない？」
「うん、似てる似てる」
「あ、そだ。写真とらせて〜」
「ゼル、一緒に撮ろう」
「あ、どうせならさあ〜」
　三人の楽しそうな声が辺りに響き渡った。

　なんで平気なんだ？
　似合うからか。任務だからか。神経がまともじゃないからか……これが当たってる気がするな。
　サイファーはスコールの女装に頭を抱えたくなった。
　思えば、いきなり任務当日の今朝になって全員女装を言い渡された時、ただ一人、スコールだけは眉を些か吊り上げただけで異論を唱えなかった。
「大丈夫。護衛の対象のお嬢さんには素敵に体格のいい女性の家庭教師がいて、女性らしい格好してれば女性だと認識するそうだから」
　そう言ってにっこり笑ったキスティスは、はなから女子にやらせればいい、じゃなきゃせめて似合う奴に、というサイファーとアーヴァインの提案を、無理、の一言で却下した。
「今日は皆スケジュールがつまってるのよ」
　にっこりと笑みを深くするキスティスの無言の圧力に、一瞬口篭もったのが敗因だったのかもしれない。
「スコールなら似合いそうだよな。俺、見てみたいっ」
「そうか？」
　好奇心に満ちた目でゼルに見上げられ、スコールが薄く微笑む。 スコールが着替えに向かい、キスティスがメイクに向かい、ゼルとセルフィの関心は当然の如くにサイファーとアーヴァインに向けられた。
「仕方ないよなっ。任務なんだし」
　聞き覚えのある台詞が、サイファーの耳に容赦なく響いた。


「……こうなったら」
　逃避的に回想に耽っていたサイファーの隣から、ぼそりと呟きが漏れた。
「あん？」
「こうなったらやってやるっ」
「はあ！？」
　お前気は確かか、とサイファーがアーヴァインを見る。
「チュチュ着て踊れってわけじゃないんだし、僕はやる。セフィが喜んでくれるなら〜」
　半泣きのままアーヴァインが顔を上げ、決意を込めて歩き出した。 決意がこもっている割に、背中に哀愁が漂っているのは気のせいではないだろう。
　後に残されたサイファーは、呆然とそれを見送るしかない。

　逃げるか……？

　逃げるなどという単語は、今までの人生で縁のなかった言葉だ。しかし今、それは素晴らしい言葉の様に頭に響いた。
　このまま女装して男嫌いなわがままお嬢さんの護衛をするか。はたまた、体調不良という白々しい理由で任務を放棄するか。
　逃げる、という言葉が魅惑的に脳裏を過る。
　回れ右をしようか、というまさにその時。キスティスの規則正しいヒールの音が、死刑宣告を待つ囚人の心地でサイファーの耳に響いた。

　

こんなくだらないものを纏まりもなくだらだらと……。
でも、書く方は楽しかったり……。どうしようもないです（笑）。

BACK