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- 残光 - リノリウムの床が、規則正しい靴音を響かせる。 消灯時間もとうに過ぎ、鎮まりかえったガーデンの廊下に、その音は奇妙に煩わしく響いていた。 常夜燈の微かな灯かりが遠くに見える。 取り残された様に、僕は寮の廊下を一人歩いていた。 足元を照らす微かな月明かりが、静けさを助長させているかのようだ。 立ち止まり眉を顰め、騒がしくしてるつもりはないんだけど、と意味も無く呟いてみる。 呟きは無機質な建物に瞬く間に吸い込まれ、辺りは再び静寂に包まれていった。 正式にＳｅｅＤとなり個室を与えられた時、僕はその部屋が彼の部屋の二つ隣りだったことがとても嬉しかった。 彼は幼馴染で、明るくて気さくで優しい人だったから。 煩わしい、と感じさせるような落ち着きの無さや感情表現も、彼であれば誰もが微笑ましく感じたし、自分もまた、彼の無邪気さを可愛らしく思っていた。 今、僕は、彼の部屋が二つ隣りである事がとても、痛い…。 「もし、自分が死んだら、泣いて欲しい？」 ぼんやりと海を見ながら、まるで世間話の様に問いかけると、一緒になって景色を眺めていた彼はゆっくりと視線を海から僕に移した。 澄んだ空のような蒼の瞳で、訝しげに見上げてくる。 「ね、泣いて欲しい？ 好きな人とか、友達とかにさ〜」 何時もと変わらぬ口調でニコニコと訊ねると、彼は暫く僕の目を見つめ、それから再び海に視線を移し波止場の手すりに寄り掛かった。 「…覚えていて欲しい」 暫くの沈黙のあと、イエスかノーかを求めた質問にそんな答えが帰ってきた。眉根を寄せる事と短い沈黙で説明を求める。 「…懐かしく思い出してさ、涙が出るなら泣いて欲しい。ただ哀しいだけなら泣いて欲しくない」 そこでいったん言葉を切って、しかし説明不足と思ったのか彼は言葉を続けた。 「例えばセルフィやキスティスやお前が集まってなんかした時にさ、そういえばって少しでも思い出して欲しいから。もしそんな時に泣けてくるなら泣いて欲しい」 「スコールは？ 彼に一番思い出して欲しいんじゃないの？」 揶揄する様に言うと、赤くなって怒ると思っていた彼は、意外にも小さく笑っただけだった。 「あいつはいいんだ。思い出さなくても。…忘れても」 淡々と、けれどもどこか優しい声音で彼が呟いた。 海から吹く風に煽られ、彼の淡い金髪が白い額を擽る。その風を心地よさそうに身体に受け、彼は微かに目を細めた。 それから驚く僕にようやく気がついて、彼がちらりと僕を見た。俺、エゴイストだから、とおよそ彼に似つかわしくない事を言って。 僕は返事が出来なかった。エゴイストなんて言葉、彼には似合わない。寧ろ、いっそ博愛だとかそういった言葉の方が彼には似合うのに…。 「ま、当分死ぬつもりないけどなっ」 勢い良く手摺から手を離し身体を僕に向けると、彼は何時もと変わらぬ様子で犬歯を見せて笑った。 その笑顔のまま何事も無かった様に彼に促され、僕たちは帰路に付いた。 ＳｅｅＤという死が身近にある、所謂傭兵業についているのだから、多分皆一度は考えたことがある話だったと思う。 ただ、先の任務で帰らぬ人となった友人の遺品を届けた帰りだったということが、些か感傷的な気分にさせていたという事実は否めない。 普段なら僕はこういった話を好んで彼にしたいとは思わないし、彼もまた、好んでこういった話はしなかったと思う。 …いや、寧ろして欲しくなかったのかもしれない。僕は彼の、およそ傭兵に、つまるところが人殺しに似つかわしくない綺麗な所が好きだったので。 彼のその無垢さや清涼さ、前向きな精神が。 自分達のような人種の中にいても、変わる事のないその優しさが。 彼は、僕たちが持っていないもの、手にすることを、切望することを戸惑うものを持っていた。 そのことを僕は知っていたし、また自分がそれを手に出来ないことも知っていた。 そして、それを持っている彼が笑っていること、傍にいること、存在しているということが僕にとってはとても意味のある事で、また、安らぎでもあった。 だから、いっそ冷淡にすら見える無愛想なスコールが彼を気に掛けたり、彼に対してだけ柔らかい笑みを見せたりすることは僕にとっては全く意外でも不思議でもなかった。 彼は誰に対しても優しく、そして根気強く手を差し伸べていたし、優しさを受け取ることに臆病になっていたスコールは、誰よりもその手を欲していたから。 そして、感情を言葉や態度に出来ない不器用さも、縋るような執着も、狂気に限りなく近い深い部分をも、彼は笑って認め、許す事の出来る人だった。 だから僕はスコールがその手を取ったことを喜んだ。そうする事でスコールは変わっていったし、彼は変わらず僕にとっての癒しだったから。 だから今、僕の目の前にスコールがいる事は不思議でも何でもない。 「…スコール」 僕の呟きに、スコールが振り返る。 感情の感じられない青灰色の瞳が、扉のネームプレートから僕へと向けられた。 僕の部屋の、二つ隣りの部屋の扉の前に、スコールは立っていた。 それは今となっては珍しくもない光景。 彼しか知らないはずの扉の暗証番号を、スコールは知っていたから。 だから、スコールが主のいない彼の部屋にいるのも珍しくはない。 スコールが、彼の帰りをその部屋で待っている事も…。 「…あのねえ、忘れても良いんだって」 青灰色の瞳が、微かに揺れた。 彼は連れていかない。 彼は見捨てない。 知ってしまったのは僕。 訊いてしまったのは僕。 そして、選ぶのも僕。 俺、エゴイストだから。 彼の澄んだ声が、今も耳に残っていた。 |
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結構前に書いたＦＦ８文です。なんつーか…笑って誤魔化しておきます。 スコールのイメージは『捨てないで』なので（笑）、一度拾っちゃったら大変だ、と思ったのですよ。 そして更に、ついギャグ落ちを考えてしまう私って…。根がお笑い…？ こういう話がお嫌いな方、反転してどうぞ。↓ （微妙に辻褄あってないかもしれませんが（笑）） 「もしもし？」 「あれ、アービン？ 久しぶり」 「うん。ひさしぶり。…あのさあ、君いい加減スコール回収してあげなよ〜」 「なんだよ、それ」 「まだ怒ってんの？」 「…いや。も、いい」 「じゃあ、言ってあげなよ〜。もう怒ってないって。彼、いつにも増してどんより暗いよ〜？」 「しょうがねえだろ。予定より任務延びちまって帰れないんだし。それに、なんかいくら電話してもスコール部屋にいねんだもん」 「…（スコール（涙））」 |