Ｐｌｅａｓｅ！

- Ｐｌｅａｓｅ！ -

「添い寝というものをしてみたい」
　消灯時間まであと十分、という時刻に部屋を訪れたスコールが開口一番そう言った時、ゼルは至極もっともな反応を返した。即ち。
「はあ？」
　思わず間抜けた声を出し、まじまじとスコールを見上げる。
「添い寝、というものを、してみたい」
　ゼルが聞き取れなかったとでも思ったのか、スコールはもう一度、今度はゆっくりはっきりと繰り返した。その表情はいつもの無表情である。…いや、いつもより至って真剣かもしれない。
　言いたい事は言ったとばかりに沈黙し返答を待つスコールを、ゼルは困惑した表情で見ていた。視線を外す事もままならず、ただ立ち尽くす。
　困惑しているうちに消灯時間になり、寮の廊下の明かりが音もなく消えた。
「…えっと。…とりあえず入れよ」
　金縛りから解けたように、ゼルが漸く口を開いた。ドアの前から身体をどけ、スコールを自室へと招き入れる。
　スコールをベッドに座らせ自分は椅子に座って、ゼルはどうしたものかと思案した。そもそも何故いきなり添い寝なのかが分からない。
「…なんで添い寝なんだ？」
「この前話していただろう。母親が添い寝してくれたって」
　率直な質問に、率直に返答が返ってくる。
　それは小さい頃の話であって十七にもなって添い寝もないだろうと思いつつ、それをスコールにどう言ったものかと眉根を寄せる。
「添い寝は小さい子がしてもらうもんだろ。それにお前、もてるんだからそういう事は彼女にしてもらえよ」
　ゼルの言葉に、スコールが目を伏せた。少し寂しそうなその仕草に、ゼルが途端に慌てて立ち上がり、困ったようにスコールの顔を覗き込む。
　スコールはあれだけ盛り上がっていたリノアと一月前に別れていた。そういったことに疎いゼルは何故別れたのか全く分からず、更に周りもゼルには理由を教えてくれない。特に変わった様子を見せないスコールを見ていると却って訊いてはいけない気がして、未だにゼルは理由を訊けないでいた。
　故に、彼女の話題は禁句だったか、と大いに慌てたのである。
「あ、えっと、だからっ」
　慌てるゼルに益々寂しそうな表情を作って見せ、スコールは、勝った、と思った。
　心の中でほくそ笑み、ゼルを見上げてその手を取る。
「…駄目か？」
　捨てられた子猫よろしく見上げて見せれば、いとも簡単にゼルは陥落した。
「しょーがねーなあ。今日だけだぞ」
　困ったように笑うゼルに、嬉しそうに笑って見せることも忘れない。

「せまい…」
「もっとこっちに来れば良い」
「いや、そうじゃなくて…」
　ゼルが嘆息を漏らした。
　スコールと一つのベッドで眠るのははじめてではない。しかし、任務中にベッドが足りないという訳でもないのに、何故野郎と一緒に眠らなければならないのか。よくよく考えてみれば、任務中の雑魚寝も、考え様によっては立派な添い寝ではないか。
　そう考えスコールの方へ寝返りを打つと、柔らかな微笑に迎えられた。
　文句を言おうと開かれた口が、言葉を紡げずに固まる。
「…なんか、おっきい甘ったれの猫飼ってるみてえ」
　結局口から出たのは文句ではなく、呆れたような困ったような呟きと溜め息だった。
「甘ったれの猫は嫌いか？」
　スコールが額にかかるゼルの髪を梳きながらそう訊いてくる。スコールは直ぐに触れたがるからと、ゼルはその手を全く気にしない。それに気を良くし、スコールがゼルの方へさり気なく移動した。
「甘ったれの猫は、嫌いか？」
「…嫌いだったら飼わないって。だから懐くな。狭いんだから」
　質問を繰り返しながら、甘ったれの猫の様にべったりと抱きついてくるスコールを、ゼルが剥がそうとする。
　ふざけてじゃれているだけだと油断しているうちにモノにしてしまおうか。しかしそれで嫌われてよりにもよってサイファーのとこなんかに逃げられて、挙句に二人が上手くいってしまったら目も当てられない、そんな危険は未だ犯すべきではない。やはりここは慎重に事を運ばねば。
　肩を押し返すゼルの手を取り、悪ふざけを強調するように笑って見せながら、スコールは一瞬の内に判断した。
　甘ったれで不器用な自分を演出して見せれば、ゼルは決して警戒心を持ったりはしない。
　キスティスが聞いたら、演出なんかしなくても甘ったれで不器用なのは地でしょう、と呆れそうなことを考えつつ、スコールはこれからの計画について思考を巡らせた。
　…部屋の暗証番号を聞き出すのが先だな。
　ゼルの手を取ったまま、スコールがにっこりと花の様に微笑んだ。

「え～。じゃあ添い寝してあげたの～？」
　興味津々で訊いてくるセルフィにこっくりとゼルが頷くと、疲れた様にニ人を眺めていたサイファーが微かに眉を顰めた。
　昼食の時刻の混み合った食堂で、スコールを除く幼馴染五人が一つのテーブルを囲んでいた。サイファーが幼馴染達と食事をとるのは珍しくはない。しかし、別に彼が好んでそうしているわけではない。
　サイファーが一人陣取っていたテーブルにゼルとセルフィがやってきて、更にそこに他の連中が断りもなく仲間入りするのだ。考え様によっては、席取りにサイファーを使っていると言えなくもない。
　そんなわけで、幼馴染達はその日も仲良く食卓を囲んでいた。
「なーんだ～。朝スコールがゼルの部屋から一緒に出てきたっていうから、てっきり～」
「噂になってたもんね～」
　けらけらと笑うセルフィにアーヴァインが相槌を打つ。
「噂？　噂って何が？」
　ニ人の言っている事がよくわからないらしく、ゼルが首を傾げてニ人を見た。賢明にも、それをゼルに説明するような人物はここにはいない。
「それよりゼル、よく添い寝なんてしてあげたわね」
　そんな危険な、と心の中で付け足してキスティスが紅茶を口にした。
「うん。…この間年少クラスでさ、添い寝とか子守唄とかそういう話ねだられたんだ。スコールもそういうの知らないんだなあって思ったら、なんかさあ」
「ゼル優しいねえ～。でも、危険だと思うよ～」
「そ～だよ～。部屋に入れるのだって危ないのに」
「相変わらずねえ。でも、あんまり甘やかすとつけ上がるわよ。…って、もう遅いかもしれないけど」
「…ゼル。俺も知らん」
　相変わらずなゼルの性質を良い子だなあと思っている幼馴染達の、ゼルを心配する発言を遮って、低音の声が短く響いた。
　特に大きいわけでもないその声は、しかしその内容で全員の沈黙を引き出した。
「は？」
　たっぷり十秒の間を置いて、漸くゼルが口を開いた。しかし出せた言葉は困惑しきった間抜けた声だけだ。サイファーはいったい何を言いたいのか。
「ゼル。俺も添い寝というものを知らん」
「…だから？」
「スコールに出来て俺に出来ないってことはないよな」
「…何を？」
「添い寝」
　沈黙が訪れた。
　酸欠の金魚の様に口をパクパクさせているゼル。真剣な面持ちでゼルを見るサイファー。
「ついに捨てるもの捨てたって感じだねえ～」
「常識と良識を持ったままじゃ、スコールには勝てないと思ったんじゃない？」
「でも、リスク大きいよ～。これで勝ち取れればまだしも、負けたら喜劇だもん」
「あら、本望なんじゃない？　良識と常識とまともな神経にしがみついて負けるよりは」
「う～ん。でもゼルは大変だよねえ。今までのスコールがニ倍どころか相乗効果ありそうだよ～」
「元はんちょってば失うもの多すぎ～」
　幼馴染達の所詮他人事な発言は、ゼルの耳には届いていなかった。
「スコールといいお前といい～っ。もてんだから彼女にしてもらえば良いだろっ！」
　からかいやがって、と勢い良く立ち上がり、ゼルが顔を真っ赤にしてサイファーを睨みつける。
「俺は本気だ。それともスコールはよくて俺は駄目なのか？」
「駄目だ」
　サイファーの真剣な問いに答えたのはゼルではなかった。
「ス、スコール？　いつからそこにいたんだ？」
「今だ。サイファー、残念ながら今日も明日も明後日も明々後日も未来永劫先約がある。諦めるんだな」
　何時の間にか何処からともなく現れたスコールが、何の脈絡もなくゼルの腰に腕を回し抱き寄せた。
「はっ、先約だあ？　申し込みの間違いだろ。てめーみてえな危険人物は金輪際部屋には入れねえとさ。…んなことより」
　嘲る様に笑いゆっくりと立ち上がると、何処からともなくハイペリオンを取り出し、切っ先を背後からゼルの腰へと回されたスコールの腕に向ける。サイファーの顔から笑みが消え、目が獲物を定めるかの如く細められた。
「その手を放しやがれ」
　怒りを押さえたような低い声に、スコールの目が同様に細められる。
　こちらも何処から取り出したのか愛用のガンブレードを右手に持つと、サイファーから隠すようにゼルを背後に回した。
「…サイファー。命というものは大切に扱えば一生使えるということを知っているか？」
　スコールがガンブレードを正面に構える。
「馬鹿かてめえ。んなもん、大切に使おうが雑に使おうが一生使えるに決まってんだろ」
　サイファーがハイペリオンを中段に構える。
　混雑しているにも拘らず、ガーデンの食堂にはニ人を中心として半径三メートルの空間が出来ていた。そしてその空間を切り取ったように、空間の外では日常生活がなんら変わることなく繰り広げられていた。
　人間は、慣れる生き物なのだ。

　ガンブレードを握るスコールの右手に微かに力がこもり、それに呼応するようにサイファーが右足を僅かに引いた。
「あれ～。ゼル、見物しないの～？」
「うん。次授業だし。問題も解決したみたいだから、俺行くわ」
　聞こえてきた声に、ニ人は相手の存在を忘れ去って振り向いた。他の声は聞こえなくとも、この声だけは聞き逃さないらしい。
「良かったな、二人とも。添い寝の相手が見つかって。じゃれるのもいいけど怪我すんなよっ」
　そう言って、にっこり笑ってゼルは去っていった。ぼーぜんとする二人を残して。
「ゼルの前でニ人であんな話すれば、こうなるのはわかりきってるのに…」
「じゃれたかったんじゃない？」
「なんか仲良しさんやね～」

「ふっ、ふふふふふ」
「くっ、くくくくくく」
　ガーデンに、不気味な笑い声が響き渡る。
「暗証番号を聞き出すまであと一歩だったのにっ、サイファー、表へ出ろ！」
「今晩勝負かける筈だったってのにてめえの所為でっ、上等だっ、けりつけてやる！」
「やっぱスコールは計画的だね～」
「あら、あれでしょ。勝負かけて嫌われたらどうしようって悩んで結局ってやつ」
「慎重なフリしてチャンス逃すタイプやもんね～」
「そうそう。で、サイファーは勢いで暴走して事態を悪化させる、と」
「足して割ったらちょうど良いんちゃう？」
　心の声を堂々と叫んだニ人の耳に、突っ込みの声は届かない。
　混雑の中、食堂の入り口までモーセの海割れの如くに道が開き、ニ人は肩を怒らせ仲良く食堂を後にした。

　ガーデンは、今日も平和だった。

スコールＶＳサイファーなゼルの取り合いは私的に基本です（笑）。ゼルが天然で全く気が付かないというのも。

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