紫煙

- 紫煙 -

　ぼんやりと座っていたサイファーが突然灰皿にタバコを押しつけたのを見て、僕はおや、と思った。サイファーは結構普段からタバコを吸うから、そんな仕草を見るのは珍しくはない。でも、彼はついさっきタバコに火を付けたばかりで、吸ってはいないのだ。
　灰皿に捨てられたタバコに目を向けて、そういえば彼が火を付けたばかりのタバコを捨てるのは良く見かける光景だと気がついた。

　場所はガーデンの食堂。今日も変わらず僕達は幼馴染で仲良く朝食を取っている。サイファーもすっかり慣れてきたみたいで、でも嫌そうな顔をするのを止めない辺りが彼らしい。まあ、慣れたと言うよりは、慣らされたって感じだもんなあ。セルフィやゼルは彼が何を言ってもどんな顔をしても全く気にせず同席するから。
　そんな事を考えてると、対照的なニ人がトレイを手に僕達の方へ歩いてきた。片や、元気いっぱいに笑みを浮べたゼル。片や、いかにも低血圧と言った感じに普段より三割増で目つきの悪いスコール。
「おはよ」
　元気良く挨拶して、ゼルが空いていたサイファーの隣の席に座った。その隣にスコールが座って、元気良く挨拶するセルフィに一テンポ遅れてああとか答えてる。
　いつも通りにゼルは元気に朝食を取り始めて、するとサイファーが口を開く。
「朝から良く食うな。…の割にいつまでたってもチビだよな」
「うっはいっ！」
「ゼル～。飲み込んでからしゃべろーね」
　とまあ、相変わらずのサイファーに、お定まりのゼルの反応。ちなみにスコールは目の前に置かれたグレープフルーツジュースとサラダをばんやりと口にしていて、聞いてるんだかどうだか判らない。
　…そういえばなんだか今、サイファーの台詞に何か引っかかった気がする。何だろ？
「満腹で動けない、なんてのは無しだぜ」
　いつも以上に食べてるゼルに呆れたようにサイファーがそう言うと、ゼルがきょとんとしてサイファーを見上げた。
「ああ！　今日あんたと一緒の任務だったけ」
　ここで漸くスコールが反応して、不機嫌そうに顔を顰めた。
「おいおい、まさか任務を忘れてたわけじゃねえだろうな」
「忘れるわけないだろ！　…ちょっとメンバーを忘れてただけ」
「なら、急げ」
　そうサイファーに言われて、時計を見たゼルが慌しくかっ込み始めた。
「ゼル～、まだ時間あるって～。喉に詰まらせちゃうよ～」
　そう言ったら、ゼルはほんの少しだけスピードを落とした。喉を詰まらせそうな勢いのゼルの前に、サイファーが呆れた様に水を置く。
　お約束通り、ゼルの動きが止まったと思ったら、彼はサイファーが置いた水を勢い良く飲み干して大きく息をついた。ゼルが礼をいうと、サイファーはわざとらしく呆れた溜め息を付いて見せる。なんだかんだ言って、サイファーってゼルには親切だよなあ。
　しっかり残さず食べた後、時間厳守でねとかキスティスに言われながら、ゼルとサイファーは早々に食堂を後にした。

　ぎゃーぎゃーと話ながら歩くニ人の後姿を見送っていたら、ふと、引っかかっていたものが何か判った。
「ああ、そっか」
　思わず呟きと笑みが漏れる。セルフィとスコールとキスティスが不思議そうに僕を見た。
「何？　アービン。何の話？」
「うん。サイファーがさ～」
　首を傾げたセルフィにそう答えてくすくすと笑っていると、三人がますます怪訝そうな顔をした。引っかかったのは、ちびって単語。
「サイファーってさ、ゼルが近くにくるとタバコ吸うの止めるんだなって思って」
「…そう言われれば、そうかもしれないわね」
「ゼル、タバコ嫌いだっけ～？　確かに吸わないけど」
「嫌いだが、吹聴してはいない」
「覚えてない？」
　納得出来ないわけではないけれど、といった顔をした面々に、僕は悪戯っぽく笑って見せた。
「何の話？」
　とキスティス。
「小さい頃にさ。まだ石の家にいた頃だけど…」
　取って置きの話しをするように、僕は僅かに身を乗り出して三人に話し始めた。

　元気いっぱいで病気知らずに見える子が実は小さい頃は身体が弱かった、なんていうのは男の子の場合良くある話だ。
　ご多分に漏れず、ゼルは小さい頃他の子達に比べると身体が弱かった。それだけじゃなく小さくてすぐ泣く子だったから、いつもサイファーに泣かされていたし、よく転ぶ子だったから生傷も絶えなかったんだけど。
　ある日、石の家に来客があった。石の家は辺鄙な所にあったから、僕らはその珍しい出来事が気になって、その日は全員が家の中で遊んでいた。
　少しして、夫婦らしいニ人連れは僕達の遊んでいるところを眺めて、それからゼルに話しかけた。少し話をした後、また他の部屋でまま先生とシド先生と話をして、夕方になってやっとニ人は帰っていった。
　もしかしてゼルが引き取られるのかな、って僕は思ったんだけど、当の本人は気が付いていないみたいだった。ただ、やたらと咳をしていて、その日は遊んでいるときも時々咳をしていたから、どうしたの、風邪引いたの、って訊いたら、ゼルはちょっと喉が痛いって答えた。
　その日は来客があって忙しかったから、ママ先生はゼルの様子に気がつかないまま夕食の仕度をしていて、他の子達もその手伝いをしていた。ゼルが大丈夫って言ったから、僕はゼルを一人部屋に残して手伝いに行った。
　やっぱりママ先生に言った方が良いのかなって考えていたら、ゼルだけが手伝いに来ないのが不満みたいでサイファーが、ちびがさぼってる、っていってゼルのいる部屋に迎えに行った。
　少しして、サイファーが慌てて駆け込んできた。
「ママ先生！　ちびが大変だよっ」
　そう言って、サイファーがママ先生の手を引っ張った。
　どうしたんだろうって皆で行ってみると、ゼルが壁に寄り掛かって小さくなっていた。咳が止まらないみたいでごほごほと咳き込んでいて、相当苦しいのか涙目になっている。時々咳が止まって呼吸をするとひゅうひゅうと喉が鳴って、それからまた咳き込む。
「まあまあ、ゼルは気管支も弱いのね」
　そう言って、ママ先生がゼルを抱き上げて背を擦った。
「ママ先生。あんな奴らに引き取られたら、ちび、喉が潰れちゃうよ！」
　漸く咳が治まってきた頃、怒った様にサイファーが言った。
「子供のいる家でぷかぷかタバコ吸ってさっ。ちびには相応しくないよっ」
　サイファーの言葉に皆が頷く。石の家は辺鄙なところにあったから、排気ガスやタバコの煙とは無縁だった。だから余計、その日の客が嫌な人に見えたんだと思う。
　結局、その人達にはゼルは引き取られなかった。
　それからずっと、サイファーもスコールもキスティスも僕も街に出かける時はゼルが汚い空気を吸わないように気を付けるようになった。ゼルは同い年だけどちっちゃかったから弟みたいで、守ってあげなくちゃって子供心に思ったんだ。

「ゼルはもう小さな子供じゃないのに」
　キスティスが小さく噴出すように笑う。
「タバコの煙もなんともないしね～」
　そう言ったセルフィも笑ってる。
「サイファー、良い奴だよね～」
　と僕。ニ人は可笑しそうに笑って頷いた。
「だったらいっそ、吸うのを止めれば良いんだ」
　一人憮然とした顔をして、以前は多少吸っていたタバコを全く吸わなくなったスコールが不機嫌そうにそう言った。

　スコールに追い討ちを掛けられて、僕達三人は暫くの間笑いの発作に襲われていた。周りが怪訝そうな目を向けてるけど、どうにも止まりそうにない。

　ああ、全く。我らが愛すべき幼馴染は。
　傍若無人、唯我独尊。捻くれてて口が悪くて問題児。だけど、これだから彼を嫌えない。
　今度顔を会わせたら噴き出してしまいそうだ。
　だけど、それもいいかもしれない。
　噴き出してしまって、それから思い出話に花を咲かせるのも、きっと幼馴染の特権だろう。

　止まらない笑いに肩を震わせながら、僕はこの話をゼルに聞かせるかどうか考えた。

過去捏造話。でもって、またもサイファーが親切です（笑）。
アーヴァイン一人称で書くの、結構好きかも。

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