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ガーデンの廊下を歩いていたサイファーは、見なれた金髪頭を見つけて目を細めた。俯いて歩く姿に、前方不注意だな、と密かに笑う。わざとらしく進行方向上に立つと、サイファーはゼルが自分に気が付くのを待った。 ぼす、と音を立てる勢いでぶつかってきたゼルに、サイファーは元から穏やかとは言い難い顔に人の悪い笑みを浮べた。 「前を見て歩け」 何時もの様にからかおうと言い掛かりに近い言葉を掛ける。しかし、期待した返答は返ってこなかった。 「おい？」 訝しげに顔を顰め、二十センチの身長差の為に見えない、胸の辺りに額をぶつけたまま動かないゼルの顔を覗き込もうとすると、サイファーに寄り掛かったままのゼルの身体がずるりと崩れた。 「お、おい！？」 慌てて抱きとめ顔を覗きこむと、ゼルは青白い顔をしてサイファーに寄り掛かっていた。力無く下がった冷たい手に顔を顰める。サイファーは意識の無いゼルを抱き上げると、保健室に向かって歩き出した。 ガーデンについてすぐ、スコールはゼルが保健室にいるとセルフィに教えられた。大変大変、とぱたぱた走ってくるセルフィに、始めスコールは面倒そうに顔を向けた。 普段からセルフィは、必要以上に騒がしい。セルフィはいつもどうしようもない話から、有益な話まで様々な話を伝えてくれる。それで助かる事も少なくは無いので、スコールは立ち止まってセルフィを待った。勿論、激しく疲労をもたらす様な話を持ってくることも少なくは無いのだが。 「大変大変。ゼルがね〜」 そう言って話し始めたセルフィの話の内容に、スコールは慌てて保健室に歩き出した。 ゼルを抱き上げて真剣な面持ちで急ぎ歩いているサイファーの話は、廊下でそれを見かけた生徒達からあっという間にガーデン中に伝わったらしい。 それを直ぐに知らせてくれたセルフィに感謝して、スコールは保健室に入った。 「すみません。ゼルが…」 そこまで言って、スコールは室内にサイファーがいるのに気が付いた。傍らのベッドでは青白い顔をしたゼルが眠っている。サイファーが眠っているゼルに付いている事に、スコールは不快そうに顔を顰めた。 「ああ、あの子ならまだ眠ってるよ」 デスクに付いていた保健医のカドワキが、スコールに気が付き書類から顔を上げた。 カドワキに軽く会釈をし、スコールはゼルの眠っているベッドに近づいた。足を組んで座っているサイファーが、ちらりとスコールに一瞥をくれる。互いに無言のまま、ニ人の視線がゼルに向けられた。 静かな寝息を立てて眠っているゼルは幾分顔色が良くなったようだった。それでも普段の彼よりもずっと白い顔に、スコールは心配そうに血の気の失せた頬に触れた。スコールの手が柔らかく頬を撫ぜると、金色の睫が微かに震え、ゼルが重たそうに目を開けた。 「…スコール？」 「気分はどうだ？」 ぼんやりと視線をさ迷わせるゼルに柔らかな声音で問いかける。ゼルが不思議そうにスコールを見た。 「俺、どうしたんだっけ？」 「貧血だよ。ゼル、あんたちゃんと食べてるかい？」 そう言いながら歩いてきたカドワキにスコールが場所を譲ると、カドワキはゼルの額に手をあてた。顔色を確認するように眺め、白い手を取り脈を診る。 「食べてます。…ちょっと、今日は体調悪かっただけで」 「そうかい？ どう見ても血が足りないみたいだけどねえ」 「あー。じゃ、レバーとほうれん草食べて増血します」 ゼルが誤魔化すように笑うと、カドワキが優しく目を細めた。 「ん、そうしな。あんまり酷いようなら、ちゃんとした検査を…」 「たまたまですっ」 身体を起こしながら慌ててゼルが遮ると、手を貸していたスコールが顔を顰めた。一週間前に同じように体調を崩したのは記憶に新しい。スコールが口を開くのを、ゼルが視線で制した。 「それなら良いけどね。サイファーに感謝しなよ、貧血おこして倒れたあんたを運んでくれたんだからね」 「え？ …あんがとな、サイファー」 何故ここにサイファーがいるのか疑問に思っていたゼルは、漸く合点がいきサイファーに視線を向けた。サイファーが運んでくれたという話に一瞬驚いた顔をしたが、ゼルは直ぐにそれを笑みに変えた。 「別に」 面倒そうに短く答え、サイファーは立ち上がると保健室を出ていった。 その様子を不思議そうに見送り、ゼルが首を傾げた。保健室に放り込んで後は放っておきそうなものなのに、何故彼は今までついていたのだろうか。 「心配だったんだろ。自分の顔よく見てみな。真っ青だったんだからね」 ゼルの疑問が判ったのか、カドワキが苦笑を漏らした。いつも健康そのもののゼルは自分の状態がよく判っていないらしい。 問いかけるようにスコールを見上げると心配そうな顔で見返され、ゼルは困ったように視線を外した。 ＳｅｅＤにとって健康管理は基本中の基本だ。それなのに最近は体調を崩す事が多いことにゼルは気が付いていた。しかも、カーシェのところに行った日にばかり体調を崩している。事実今日もそうで、しかもカーシェのところに行く前までは体調は悪くはなかった。 多分スコールも気が付いているのだろうと、ゼルは窺うようにスコールを見た。 ゼルを背負って寮の部屋まで歩いているスコールが何を考えているのか、その表情からは判らない。 あと三回だけなのだから、カーシェのところに行くのを止めたくは無かった。訪ねていくと嬉しそうに笑う少女に、行けなくなったとは言えない。 しかし同時に、心配してくれるスコールに大丈夫だと言って誤魔化すのも気が重かった。 ゼルはスコールの肩に回した腕に微かに力を込めた。 背中で大人しくしているゼルが小さく溜め息を付いた時、スコールは自分も溜め息を付きたい気分だった。 ゼルの考えていることは大体見当が付く。たとえ自分が止めたとしても大人しくそれを聞き入れるとは思えないし、無理に止めさせたとしてもゼルはきっと気にし続けるだろう。結局は自分が譲るしかないのだ。 寮のゼルの部屋に入るまで、スコールは無言だった。暗証番号を入力して部屋に入り、ベッドにゼルを座らせると、漸くスコールが口を開いた。上目使いで見上げてくるゼルに、どう話を進めるかを頭の中で素早く纏める。どうせ譲るしかないのなら、それなりのやり方というものがあるのだ。 「行くのを止める気はないのか？」 何処へ、というのは敢えて言わずに、怒ったような無表情を装ってゼルを見下ろす。 「あと三回だし。だから…」 ゼルが窺うように見上げてくる。ゼルも気が付いていることを確認し、スコールは溜め息を付いて見せた。 「俺、大丈夫だからっ。今日はたまたま…」 「ゼル」 どうしてこうも判りやすいのだろう。 一生懸命に説得をはじめたゼルを、スコールは静かに名前を呼ぶ事で止めた。 ゼルの優しさは彼の長所だ。そして自分はその優しさを大切にしたいと思っている。 申し訳なさそうに見上げてくるゼルの両頬を、スコールが両手で包んだ。 「俺が言いたい事はわかってるな？」 ゼルがこっくりと頷く。 「心配なのも？」 再び頷く。 「それなら、一緒に行く事に異存は無いな？」 「…え？」 頷きを返そうとして、ゼルが呆然とスコールを見上げた。 「で、でもっ、任務あるし、三時間掛かるし、一日潰れるし」 「ゼル」 混乱して話し出すゼルを止め、スコールがその目を覗き込んだ。 「行くのを止めろとは言わない。どうせお前は譲る気はないんだろうしな。だが、その他の事で譲る気はない。…一緒に行けば、少なくとも車で事故ったんじゃないかと心配しなくてすむ」 「でも…」 「この点を譲る気はない。あと三回、一日中心配させて待たせておく気か？」 真剣な面持ちでそう言って、それからふっと表情を緩めると、申し訳なさそうに見上げていたゼルが応える様に少し笑った。 「…スコール。ありがと」 ゼルが頬に添えられたスコールの手に触れ、それから両手を伸ばすと、スコールは促されるままに身体を屈めた。スコールの黒髪に差し込まれた指が柔らかく髪を梳き、そのまま頭の後ろに回され身体を引き寄せられる。珍しいゼルからのキスに、スコールは目を細めて柔らかく笑った。 next |