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Pray 〜 祈り 〜 何故だろうと思っていた。 確かに彼の優しさは、誰に対しても向けられていた。 それこそ、決して付き合い易いとは言えない、無愛想で不器用な自分にも。 でも、その優しさが奴にも向けられている事が不思議でならなかった。 奴は彼を、殺そうとすらしたのに…。 柔らかな淡い金髪が、さらさらと白い額にかかっていた。 ゼルが何時もきっちりと固めている金髪を下ろすと、その顔は酷く幼くなる。 左頬に施されたタトゥ代わりのペイントと逆立てられた前髪は、童顔を誤魔化すためだと魔女討伐の際に聞いたことがある。 顔を紅くしてガキっぽいからと言った彼は、童顔な為だけではなく、その素直な感情表現も十分子供っぽさを醸し出す手助けをしているのだという事に気付いていない様だった。 その様子が可笑しくて、くすりと笑うと益々顔を紅くしてかみついてきた。 そんな喜怒哀楽の激しかったゼルが、ガーデンの庭でぼんやりと遠くを見ている。 冷たい風が、柔らかな金髪を揺らしていた。 透き通るような白い肌に、虚ろな蒼い瞳。 まるで、人形の様だ…。 服の裾から覗く、すっかり細くなってしまった手首や首筋が痛々しい。 寒さに気が付いていないのだろうか。ぼんやりと歩き出した彼は、肩に掛けられたコートが落ちたのも気にしていないようだった。 地面に落ちたコートを、ゆったりとした動作でサイファーが拾う。僅かに付いた汚れを綺麗に叩き落とし、数歩前を歩くゼルの肩に再び掛けた。 そこで漸く自分の後ろに立つサイファーに気が付いたのか、ゼルが振り向いた。 不思議そうに、サイファーを見上げ首を傾げる。サイファーがコートの襟を整えて、もう良いぞと言うように髪を撫ぜると、ゼルがおっとりと微笑んだ。 サイファーがそれに目を細める。酷く穏やかな眼差しで、ゼルに何か話し掛けた様だった。 それをぼんやりと見ているだけでなんの反応も示さないゼルにサイファーが左手を差し出すと、条件反射の様にその手の上にゼルがゆっくりと自分の右手を乗せた。 サイファーがその手を握り返し、その大きな手で冷えたか細い手を包み込むと、ゼルはまた、嬉しそうに笑った。 そのまま二人は、手を繋いで歩き出した。 もう、元には戻らないかもしれない…。 誰もが抱く危惧。 誰もが抱き、でも誰もそれを口にしない。 二ヶ月前、ゼルがガーデンに帰ってきた時、誰もがその帰還を喜んだ。 ゼルは人懐っこい性格で、ガーデンの人間全部が知り合いなのではないのかと思う程、友人が多かった。 だからこそ、任務の途中で捕らえられた時は誰もが心配した。 生きている可能性を示唆された時は、他人に対して冷たいと言われる自分が、自分でも驚くくらい強行に救出を実行した。 ゼルが捕まったのは自分達の所為だと、救出に参加を希望する新米ＳｅｅＤ二人を邪魔だと言いきり、アーヴァインとサイファーと、三人のみで任務に向かった。 冷たい、と自分でも思った。 新米ＳｅｅＤとクライアントを逃がすために捕まったゼルに、そんなもの、見捨ててくれていれば良かったのにとさえ思っていた。 ゼルさえ無事ならそれで良かったのに、と…。 ゼルに笑いかけて欲しかった。変わらない優しさが、その綺麗さが、安らぎを与えてくれていたのだと、その時漸く気が付いた。 正直、サイファーが一緒に来た事は意外だった。確かに奴はゼルとの関係を楽しんでいる様にも見えた。 しかし、先の魔女戦の事で自分が周りから冷たい視線で見られていることを、ゼルが気に掛けているなどどうでも良さそうだったし、ゼルに対する態度は相変わらず、馬鹿にしている、からかっている、といったものだったので。 同情など糞食らえ、といったタイプの奴が、ゼルの優しさをストレートに受け取る訳がない。皮肉を言い、反応を楽しみ、むきになるゼルを笑う。 そんな奴が、嫌っているだろう俺との任務に、自分から参加を希望した。 確かに奴は強い。俺は参加を認めた。セルフィやキスティスも参加を希望したが、情報の内容から女性は連れていけなかった。 俺は焦っていた。 その屋敷は内装の豪奢さとは裏腹に、奇妙に背徳的な空気を醸し出していた。 吐き気のするような嫌悪感を覚える。 こんなところにゼルを置いておきたくない。 俺の中でゼルは、綺麗なもの、と認識されていたのかもしれない。 人形の様に横たわるゼルを見つけた時、俺は泣きたくなった。 生きていたという喜びと、変わり果てたその姿に。 一面の、白。 綺麗に整った、何もかもが真っ白な部屋で、ゼルの金髪だけが抵抗する様に色彩を持っていた。 立ち竦む俺の横を静かにすり抜け、サイファーがゼルに触れた。 眉間に皺を寄せ、痛みに耐える様な奴の顔を、俺は見たことがなかった。 サイファーが梳いたゼルの金髪が、白い額の上をさらりと流れた。 閉じられた瞳は開かれないままで、金色の睫はぴくりとも動かなかった。その様子は、呼吸をしているのか不安になるほど弱々しい。 拘束された白い手首に、紅い痕がくっきりと残っていた。 元々骨格が華奢なゼルは、そのしなやかな筋肉を失って、触れると壊れてしまうのではと思える程儚く見えた。白いシャツから覗く白い肌。それが、儚さを助長させているかのようだ。 手の拘束を外し、サイファーが自分のコートにゼルを包み抱き上げた。壊れ物を扱う様に、慎重に抱える。 アーヴァインが駆け寄り、ベッドの横の机に置かれた瓶を手にした。幾つかの注射器と一緒に置かれたそれのラベルを、目を細めて見る。アーヴァインが眉根を寄せ、小さく首を振った。 「行くぞ」 長居は無用とばかりに放たれたサイファーの台詞に、頷きを返す。 半ば正面から殴り込みをかけるかのようなやり方で、任務は終了した。 元に戻ると思っていた。 また、以前の様に傍でゼルが笑っていてくれると。 ガーデンに連れかえったゼルは、その瞳に何も映そうとはしなかった。 何も見ない。何も聞かない。 「ゼル？ ゼル、どうしたんだ？」 ベッドに身体を起こしているゼルにゆっくりと問いかける。何の反応も見せない彼の頬に触れてみると、彼は漸く俺の方に微かに顔を向けた。僅かに目を細め、温もりを感じる様に頬に添えられた手に擦り寄る。 相手を認識してはいないようだった。 ただ、温もりを求める様に、自分に触れる人物に手を伸ばす。求められるままに抱き寄せると、彼は嬉しそうに微笑み、俺の背に腕を回し胸に顔を埋めた。縋る様に回された腕の弱さが、痛々しかった。 その細さからは信じられないほど強靭な力を放っていた筈の彼の腕は、今は酷く弱い。 縋りつく彼の温かさに、奇妙な感情を覚えた。 それが何であったのか…。 「…帰ってたのか」 庭へと続くガーデンの扉の前に立っている俺の姿を認め、サイファーが微かに目を細めた。左手はゼルの右手を確りと握ったままで、ゼルの歩調を気遣う仕草は奇妙に俺を苛立たせた。 「…ああ」 ぞんざいに言い捨てて、サイファーを半ば無視する様に俺はゼルに近付いた。 「ただいま、ゼル」 覗き込むようにして両手でゼルの両頬を包み込む。そうする事で、漸く彼は俺に気が付いた。…俺に気が付く、というのは正確ではないかもしれない。彼は触れられることで、誰かがいることを認識する様だった。相手が誰かを、彼は決して認識しない。 そのまま頬を撫でると、ゼルが嬉しそうに笑った。 「じゃ、俺はお役ご免だな」 サイファーが繋いでいた左手を離すと、ゼルがぼんやりと奴を見上げた。それを目を細めて見やり、サイファーがゼルの髪を優しく撫ぜた。それから去っていく奴の姿を、俺は苦々しい思いで見送った。 自分からは何もしようとしないゼルの面倒を俺達が交替で見る様になってから、俺はサイファーに苛立つ事が多くなっていた。優しく目を細める仕草も、ゼルを気遣う様子も、ただ只管腹立たしい。 俺とアーヴァイン、そしてサイファーのうちの誰かが、いつもゼルに付いていた。一人になるのをゼルが極端に嫌うので、四六時中誰かが傍にいる。セルフィとキスティスも面倒を見てはいたが、体力の低下が著しく時々座り込んでしまうゼルを運ぶ事は出来ないので、自然と俺達三人が付いているようになっていた。 面倒を見ると言っても、着替えも入浴も促せば素直に自分でするので手は掛からない。食事だけは、促しても少し食べただけで手を止めてしまうので、気を付けなければならなかったが。 ガーデンの寮に向かって歩いていると、段々とゼルの歩調が遅くなってきた。 「疲れたのか？」 顔を覗き込むと、ゼルは俯いて浅い呼吸を繰り返していた。そのままその場に座り込んでしまう。それは今では珍しくもないことだった。抱き上げると、ゼルが肩に顔を埋めてくる。 段々と、軽くなってきているような気がする…。 人の三倍は食べるのではないかというほどよく食べたゼルは、今は殆ど物を口にしない。 「また座り込んじゃった？」 突然声を掛けられ顔を上げると、アーヴァインが駆け寄ってくるのが目に入った。 「大丈夫？ 代わろうか〜？」 「平気だ」 サイファーと同様に長身の彼は、軽々とゼルを抱える事が出来る。自分が非力な訳ではないが、体格差は如何ともし難い。俺が抱き上げると、些か不安定に見えるのだろう。相手がアーヴァインなのでそこまで苛立ちは感じないが、それでも代わって欲しいとは思わなかった。 「それより何処かに行くんじゃないのか？」 「ああ、うん。夕食に。じゃあゼル、また後でね」 俺の言いたい事が分かったのか、アーヴァインはゼルの頭を軽く撫でると食堂へと向かった。 目を細めて、笑う。 その優しい仕草も、柔らかな声も、それがアーヴァインならば腹立たしく感じることはなかった。 ゼルの部屋に辿りつき、暗証番号を入力して部屋に入る。暗証番号は、幼馴染達全員に知らされていた。 ゼルをベッドに座らせ片手を握ってやると、ゼルが小さく笑った。 「もう大丈夫か？ 夕食は…。今日はセルフィが当番だったな」 何でもいいからとにかく話しかけるように。そう保健医のカドワキ先生に言われていたので、俺は何か話さなければと思った。 しかし、何を話せばいいのかわからない。 何時も、ゼルといる時は彼が話しをしてくれた。彼が話す内容に相槌を打ったり、時たま意見を言ったりするだけの、およそ歓談からは程遠い俺との会話を、何時も楽しそうにゼルはしていた。 何時も彼は、どんな話しをしていただろう…。 「今日はティンバーに行って来たよ」 他愛もないことを話すことすら、上手く出来ない。取り合えず今日の任務の話しを、と口を開いたものの、報告書の様になりそうで言葉が続かなかった。 「…情けないな」 溜息と共にゼルの髪を撫でると、彼は嬉しそうに笑った。指に絡み付く細く柔らかな髪の感触が心地良い。言葉が上手く出て来ないし、こうするとゼルが嬉しそうに笑うので、俺は暫くの間ゼルの髪を梳いていた。 ぼんやりとそうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。おそらくセルフィだろうと考えながら誰だと訊くと、間延びした独特の口調で返事が返って来た。 「あたし〜。入るよ〜」 声と共に暗証番号を入力する音が聞こえ、ドアが横滑りした。夕食をのせたトレイを持って、セルフィが楽しそうに入ってくる。 「ゼル〜、夕食だよ〜。あ、スコールの分は無いかんね〜」 歌うような声で言い、楽しそうに一人前には多い夕食をテーブルに置く。 「ゼル、夕食食べよ」 満面の笑みで、セルフィがゼルの両手を握りぶんぶんと振った。セルフィなりの親愛の表現に、ゼルが笑う。 「あたし付いてるから、夕食、行ってきたら？」 「ああ、そうだな」 そう返事をしつつもそのままベッドに座っていると、セルフィとゼルが食事をはじめた。セルフィが楽しそうに話しかけている所為か、ゼルも楽しそうに見える。 「ゼル、こっちも食べてみる？ おいしいよ〜」 どうやら夕食は二人分だったらしい。俺が食べさせる時より食が進んでいるようだ。 セルフィといる時、ゼルは楽しそうだ。セルフィの親愛の表現はストレートで、話をするのも上手い。 結局のところ、俺はこういう事には向いていないらしい。 こんな時も、何も出来ない。 いつも、何もしてやれない…。 |
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言い訳は後編で。（←止めなさい見苦しい） |