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ゼルをセルフィに任せて食堂に行くと、そこには見知った人物がいた。サイファーとキスティスが同じテーブルで二人で食事、と言うのも些か奇妙な光景かもしれない。 夕食を注文していると、さして混雑していない所為か、ぼそぼそと話す二人の声が耳に入った。 「随分マメに面倒見てるじゃない」 「ああ？ 俺はガキの頃からマメに面倒見てたぜ？」 からかうようなキスティスの言葉には動じず、サイファーが喉の奥で笑った。 「ふふ。そういえばよくおぶって帰ってたわね」 「よく転ぶガキだったからな。しかもてめーらが押し付けるし」 「あら。でも何だかんだ言って、結構可愛がってたじゃない」 くすくすと笑って、キスティスがコーヒーを手にした。キスティスの表情から笑みが消える。波紋を眺めるようにカップを見つめ、暫く考え込んでいるようだった。 「…どうすれば良いのかしら」 消え入りそうな微かな呟きが漏れた。キスティスをちらりと見やり、サイファーが僅かに目を細める。 「…帰したほうが、良いのかもな」 吐息混じりのサイファーの呟きに、キスティスが弾かれた様に顔を上げた。 「…面倒をみるのが嫌なようには見えなかったけど？」 「んな事を言ってる訳じゃねえ。…ただ、奴は選べる」 「選べる？」 「奴にはあんだろ。帰るとこが」 「でも…」 キスティスが再び目を伏せた。 帰したほうが、良いのだろうか？ でも俺は、ゼルにここに居て欲しかった。 サイファーの優しさを、彼は知っていたのかもしれない…。 怒らせた、と思った。 彼はよく笑うし、よく怒る。けれども怒りは持続せず、いつも直ぐに笑顔を見せる。 しかし、その時はもういいと言っただけで彼が去って行ってしまったので、俺は困惑していた。 もしかしたら、彼を酷く怒らせたのかもしれない。 他人がどう思おうと関係ない。そう思うようにしていたのに、彼がどう思っているのかが気になって仕方がなかった。…怖かったのかもしれない。 「…ゼル」 食堂でゼルを見つけ、意を決して声をかけると、彼は驚いたように振り向いた。 「どうしたんだ？」 緊張気味の俺の声に少し驚いたようだったが、その後はいつも通り見上げてくる彼の態度に、俺は些か困惑した。それでもいつもの無表情が崩れる事はない。 「…昨日のこと」 「…お前…未だ気にしてたのか？」 再度謝罪をしようとする俺を、ゼルが呆れたように見た。 呆れられた？ 軽蔑された？ どくりと心臓が鳴り、背筋が凍る。外見には全く現れなかったようだったが、俺はゼルの次の言動が怖かった。 嫌われたかもしれない。 そうなっても不思議じゃない。 俺はお世辞にも人付き合いが良いとは言えない。無愛想だし、口下手で上手く伝えられないし、陰気だし、しつこいし、一緒にいて楽しいタイプじゃない自覚はある。 寧ろ、今までゼルが一緒にいてくれたことのほうが不思議だ。 たまたま魔女討伐で一緒だっただけ。たまたま幼馴染だっただけ。だから…。 たった数秒の事の筈なのに、恐ろしく長い時間が経った気がした。 判決を待つように立ち竦む俺を、ゼルが真っ直ぐに見ていた。 ふと、ゼルの表情が緩んだ。 「スコールらしいな」 そう言って、彼が可笑しそうにくすりと笑った。 全身の力が抜けてしまいそうだった。実際は、微かに眉を顰めただけだったけれど。 「もう怒ってない。気にすんなって」 言って笑うゼルに何も答えられない俺を見て、ゼルが何かを考えるような仕草を見せた。 「スコール。飲みもん奢って」 悪戯っぽく笑うゼルに頷きを返し、近くの自販機にコインを入れる。視線で選ぶように促し、出てきた飲み物をゼルに手渡した。 「これでチャラなっ」 そう言って、屈託なくゼルが笑った。 その時の感情を、きっと彼は知らない。 いつだって、誰に対しても、当たり前の様に彼は優しい。 ゼルを取り戻したとき、酷く安堵している自分に気がついた。 彼がいないと苛々して、何故か不安だった。 彼が以前の彼ではなくなっていると判った時、彼を家に返す話は当然の様に出た。サイファーが、その方が良いんじゃないかと言った時、俺は暫くはガーデンで面倒を見るべきではないかと提案した。 もしかしたら元に戻るかもしれない。ガーデンに責任がある。 そんなふうに言って。そして俺は彼を傍に置いた。 どんな時にでも、赦される存在が欲しかったのだろうか。 彼は、いつだって…。 ゼルの部屋に戻りセルフィと交代した。 常に誰かが彼といる。前に一時間ほど独りになってしまった時、彼は外界との接触を完全に絶ってしまったので。触れても何の反応も見せない。食事も一切とらない。すでに乾いていた涙の跡に、自責の念に駆られた。彼がまた反応を示す様になるまでの数日間、独りにしてしまった事を後悔しつづけた。 幼馴染の誰よりも、俺はゼルの傍に付いていた。 傍にいるだけで彼は喜んだ。 触れるとそのぬくもりに微笑んだ。 その時、確かに自分は彼の為に意味のある事をしていて。 そして、その時だけは彼は自分だけの彼だった。 「帰りたいか？」 ベッドに座るゼルの頬に触れると、彼はいつもの様に微笑んだ。 「家に、帰りたいか？」 微笑む彼は、何も応えない。 彼に、傍にいて欲しかった。 たとえ彼が何かを話すことがなかったとしても、傍にいて欲しかった。 どんな理由をつけても、本当は自分が彼に傍にいて欲しかっただけ。 「…すまなかった」 ゼルの背に腕を回し肩に顔を埋める。彼は人形の様に微動だにしなかった。 「傍にいて欲しかったんだ。ゼルに、傍にいて欲しかった。俺は、ゼルの為を考えてたんじゃないんだ」 だからサイファーが嫌だった。 奴は、ゼルのことを考えていたから。 ゼルは、奴にも同じように笑いかけたから。 「だから、ごめん…」 俺の言葉がゼルに届いていない事は判っていた。 いつだって許してくれていた彼が、もう許す事も責める事もしないのだと判っていた。 「ごめん…」 縋りつく様にして彼の肩に顔を埋め、震える声で何度も繰り返す。 許される事を望んだわけではなく…。 彼にだけは、自分を作る必要がなかった。 伝説のＳｅｅＤなどと呼ばれて、憧れの対象にされて、なんでも完璧にこなす事が当たり前に思われて。だから、失敗したら失望されると思っていた。自分の出来る事を完璧にこなしてきて、それしか出来なくて、だから失望されたら終わりだと思っていた。 誰でもするようなちょっとしたミスをしたとき、彼は当たり前の様にフォローしてくれた。 ドジとしか言いようのないことをしてしまったら、彼は大笑いして、俺が少し怒ったらよけいに可笑しそうに笑い続けて、むっとしてたら拗ねるなよと言って優しく笑った。 彼は、彼だけは、失望させてしまってもきっと見捨てたりはしない。 呆れさせてしまっても、きっとその後可笑しそうに笑ってくれる。 彼なら、きっと…。 ふと、優しい手が髪に触れた。 慰める様に、ゆっくりと髪が梳かれる。 懐かしい、心地よい感触。 いつだって、彼は優しい。 ゼルをバラムの実家に連れて行くと言ったら、皆は反対しなかった。ゼルの母親の意向に従うべきだと、意見が一致した。 学園長に相談して、怪我をしたときなどと同じようにゼルの長期静養の手続きを取り、車の手配をした。 皆、サイファーに至るまで一緒に行くといったが、任務を理由にして断った。我侭だと思ったけれど、皆に呆れられてもそうしたかった。 助手席にゼルを乗せ、慎重に車を走らせる。 彼はぼんやりと前方を眺めているだけで、微動だにしなかった。 「寒くないか？」 上着の前を整えてやると、彼は微笑んだ。柔らかい髪を梳く。暫くはもう、会う事は出来ないのかもしれないと思い、その感触を記憶するように何度も触れた。 バラムの街に着くと、彼を車に乗せたまま車を降りた。街の入り口にある修理屋の男はゼルと親しくて、何度かゼルと一緒に話をした事があったので、いつもの様に車を預けるつもりだった。 車のドアを開けた時、ゼルが微かに顔を上げた気がした。視線を向けると彼はぼんやりと座ったままだったので、気のせいかと思い俺は視線を戻し、仕事中の男に声を掛けた。 直ぐに承諾してくれた男に礼を言っていると、ドアの開く音がした。驚いて振り向くと、車の横にゼルが立っていた。 海から吹く暖かい風が、彼の淡い金髪を揺らしている。 その風を全身に受け、ぼんやりと立っていた彼が、嬉しそうに笑った。 彼が、駆け出して行く。 柔らかい金の髪が、それに合わせて揺れる。 振りかえりもせず走って行く彼の小柄な背中を、俺はただ眺めていた。 暖かい風が、穏やかに吹いてくる。潮の匂いのする風。暖かい陽光。 彼が慣れ親しんだ、彼を育てた空気が、やんわりと彼を迎え入れる。 彼は、帰るのだ。 どうか…。 どうか、彼が笑っていられますように。 祈りの言葉が溢れてくる。 自然と零れ落ちた言葉に気が付き、笑みが零れた。 彼はいつも、きれいな感情をくれる。 大丈夫だと、そう言って彼が笑う。その笑みに、何度安堵したことだろう。 笑みを作るのが苦手だった自分が、彼といると自然に笑うことが出来た。 笑って、怒って、拗ねて。そんな風に溢れ出る感情を、彼は笑って受け止めてくれた。 スコールらしい。そう言って呆れて、笑って。俺が俺でいる事を、そのまま認めてくれた。 彼といると、優しくなれる。 彼といると、穏やかな気持ちになれる。 彼といると…。 サイファーを連れてこなくて良かった。 目頭に高まる熱に、笑みが零れた。 熱を静めるように、冷たい指を押し当てる。 溢れ出る感情を押さえこみ、顔を上げると、彼の姿が遠くに見えた。 動かない人形のような姿ではなく、嬉しそうに笑い自分の意思で動く彼の姿が。 ゆっくりと、俺は彼の元へと歩き出した。 どうか…。 どうか、彼が笑っていられますように。 世界の全てが、彼を傷つけることがありませんように。 そして、いつか―――。 |
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後書きという名の言い訳へ（笑）。 |