- 理由 -


　ガーデンには所謂御礼奉公と言われるような期間がある。二十歳までにＳｅｅＤになれなければ放校になるガーデンだけど、ＳｅｅＤになったらなったである程度の任務を安価でこなす義務が発生するわけで、その期間が御礼奉公といわれるものだ。
　その期間が終ると、そのままガーデンに所属して傭兵として働くか、ガーデンを離れて個人契約を結んで働くかを選択できるようになる。
　でも、既に期間を終えているキスティスは教員の道を選んだし、スコールもあっさりとエスタからの誘いを断ってガーデンに残る方を選んだから、僕はてっきりスコールよりも二ヶ月遅れで期間を終わらせたゼルも残るものだと思い込んでいた。
　だから、ガーデンを出るつもりだと聞いた時には耳を疑った。その上、僕が信じられなかったのは、契約を結ぶつもりの相手がかのマクレガー氏だったって事。
　もちろん、Ｍ氏がゼルを気にいっているのは知っていた。護衛任務でご指名なんかがあっちゃって、一緒の任務に就いて氏に会った時には堂々と口説いてたから。
　一見すると品の良い紳士そのものなのに、何処か芸術家肌で変な人、というのが僕のかの人物に対する感想だった。ちなみにスコールに訊いてみたら、思いっきり不機嫌な顔をされた。まあ、スコールにしてみればゼルにちょっかい出す人間は皆気に食わないんだろうけど。
　Ｍ氏はあの若さで富豪で、何故か独身。趣味は…。僕の見たところでは良く言えば人材育成。悪く言えば…なんだろ。マイ・フェア・レディ？　……ちょっと違うか。
　氏の家には若い芸術家の卵がたくさんいて、氏はそういった人を援助して、才能が花開くのを見るのが好きらしい。
　で、なんでゼルを口説くのかというと、手っ取り早く言ってしまえばそういう趣味があるから。
　なんでも、キレイな子はいい、だそうだ。
　冗談交じりで、一緒に任務についていたスコールは美人なのになんで口説かないのかって訊いたら、磨き甲斐のあるのが好みだって真剣に返された。
　まあ確かに、変えてみたくなるのはゼルのほうかも。真剣に返されて笑うしかなくて、その上スコールには睨まれるしで散々だった。ゼルは元々懐っこいし、多分良く判ってなかったんだろうけど平然としていて、僕だけが貧乏籤を引かされた気分。
　というわけで、良い人かもはしれないけど変わり者でもあるＭ氏との契約は僕には意外だった。どう考えても危険だと思うんだけど、よくスコールが反対しなかったもんだ。落とされちゃったらどうするんだろ。


「今度の土曜にガーデンを出る」
　食堂で一緒に昼食を取っていたら、ゼルがそう言った。スコールは露骨に嫌そうな顔をして、彼は反対したんだってわかった。
　結局スコールに説得されて特例で半年の契約を結んだらしい。個人契約とガーデンを通した契約では色々金銭面も違ってくるから、その辺は話し合ったみたい。そういう話からすると、ゼルがガーデンを出ようとした理由は金銭面ではないみたいだった。個人契約の方が、腕が良ければ収入は良い。もちろん契約面なんかで揉め事が起こったときは厄介だけど。でも、ゼルなら個人契約でもやっていけるだろう。特例で契約してまで、どうしてガーデンを出ようとしたのかが不思議だった。それになんでＭ氏なんだろ？

　週末に、しつこいほど気をつけろってスコールに言われながら、ゼルはガーデンを去った。
　はっきり聞いた事はなかったけど、ニ人はそういう関係だったんだと思う。ゼルがああいう子だから、友達っていわれたら納得できちゃいそうだけど。
　その後のスコールは、それはもう大変だった。機嫌が悪い事この上なし。にこりともしない。眉間の皺は張りついちゃって、元々目つきが悪いのに輪をかけて悪くなった。
　思わずゼルに帰ってきてって泣きつきたくなるくらいで、スコールの周りには以前とは違う意味での壁が出来ていた。
　今更ながら、あのスコールに笑みを浮かばせてたゼルってすごいかも。


　そんなこんなでなんとかニヶ月が経った頃、パーティー会場の警護の仕事が入った。キスティスが一緒の任務で、とある金持ちからの依頼だった。
　もしかしたらＭ氏も来てるかな、なんて軽く考えてた僕は驚愕する事になった。

「ね、キスティス。あれって…」
　車から降りてくる人物を眺めていた僕は、とある人物を示してそっとキスティスに声を掛けた。
「……変われば変わるものね」
　隣でキスティスが息を飲むのが判った。僕達はＳｅｅＤなのでもちろん凝視したりはしないし、驚きもあからさまには見せない。でも、あちらも視線に気が付いたみたいで、僕らの方を見ると小さく笑った。
　日向の似合う子犬みたいな子だったのに……。
　落ち着いた態度やゆったりとした仕草、変わらない表情は別人みたいだった。つんつんに逆立てていた淡い金髪はおろされていて、さらさらと揺れている。その間から、彼の薄い蒼の瞳に合わせた色のピアスが見える。格闘家なのに華奢な彼の、線の細さを強調するような装い。白い肌の上の黒いタトゥが、独特の雰囲気を醸し出している。
　まさに、Ｍ氏の好み。そういった感じだった。
　背の低さと童顔を気にして、つんつんに逆立てていた淡い金髪。落ち着きのない子犬みたいな性格。良く笑い良く怒る素直な感情表現。
　それを全部変えてしまってまで、いったい何が欲しかったんだろう……。
　別人のようなゼルを見て、僕の疑念はますます深まっていった。

　寧ろ女の子よりも目立ってるかも。
　会場内の警護に付きながら、僕はそう思った。個人的なものとはいえ富豪のパーティなんだから皆装い艶やかにって感じなんだけど、ごてごてしくない装いのゼルの方が、綺麗に化粧して高そうなドレスや宝石を身に付けたお嬢さん方よりよっぽど目を引く。
　ずっと可愛いって思ってたけど、綺麗な子だったんだ。
　Ｍ氏は変わり者って有名だし、芸術家の卵を連れてきてその道の大家に会わせる事は珍しくないらしく、男の子を連れていることを誰も不思議に思わないみたいだった。でも、氏の趣味を知ってる人には、ゼルってばそういう相手だって思われていそう……。
　ほんとに、スコールが一緒じゃなくて良かったよ。
　警護に付きながらこっそりとゼルの方を見ていたら、四十歳位の男の人がＭ氏の方に歩いてきた。挨拶を交わすその男性がちらちらゼルを見てるのが判る。お連れの方は何の芸術家の卵ですかな、なんて訊いてそうな雰囲気。
　……そこで目を伏せるわけ！？　ゼルってば何処でそんなの覚えたのさ。
　案の定、男性が値踏みするみたいな目を一瞬ゼルに向けた。上流階級って、倒錯的な趣味の人多いんだよね……。ゼルって見ため華奢で肌が白くて整った顔立ちしてて、さらに金髪碧眼なんだもんな〜。もろその手の人間の好みじゃないか。
　その男性は楽しそうにＭ氏と会話して去っていった。
　もう完璧に目をつけられたって感じ。ゼルってば、判ってんのかなあ。
　その後もＭ氏は色々な人と挨拶をしていた。その間のゼルの態度は、それでいいの、判ってんの、って訊きたくなるようなもので、しみじみスコールが一緒じゃなくて良かったと思った。誰かがゼルとじゃれてるだけでも直ぐに眉間に皺寄せて不機嫌になるのに、こんなの見せたらぶち切れてるよ……。

　僕はセルフィ一筋だし女の子に不自由してないからそっちの趣味はないつもりなんだけど、やっぱり綺麗な子には見とれちゃうものみたいだ。
　綺麗な顔はスコールで見なれてるけど、間違ってもスコールからは繊細さは感じないもんなあ。なんと言っても、スコールは性格と神経がある意味図太い。ゼルさえ良ければそれでいいって態度は徹底されてて、いっそ清々しいくらいだ。昔はそこまで神経図太くなかったのに、ゼルが甘やかすからかな？
　ゼルについては、ちゃんと見ててあげないとって思うくらい落ち着きがない、子犬みたいで何処か危なっかしくて可愛らしい子、って思ってた。
　それがすっかり、誰だよってくらいに繊細で綺麗な子になってるんだもんな〜。
　撤収時に、スコールが一緒じゃなくて良かったって呟いたら、キスティスが全くだわって答えた。ほんと、良かったよ。ぶち切れたスコールを止めるなんて危険な事、僕はしたくない。
　そんなこんなで、その日はゼルの意外な一面を見た気がした一日だった。

　ガーデンに戻ってから、僕はスコールにゼルに会った事を言わなかった。黙ってた方がいいかなって思ってたんだけど、そう考えたのは僕だけじゃないらしくて、キスティスも言ってないみたいだった。もちろん任務で一緒だった他の人達も。……もしかしたら、ゼルだって気が付いてなかっただけかもしれないけど。


　それから暫く経った頃、ゼルが休みにバラムに来るって連絡があった。母親に顔見せに帰るから、暇なら会わないかって話になって、僕とスコール、キスティス、セルフィとゼルの五人でお茶する事になった。
　その日の朝、駐車場に向かうスコールにばったり会った。何時の間にか迎えに行く約束をゼルとしていたらしい。
「バラムに行くなら、僕も一緒に行っていい？」
　そう言った僕に、予想通りスコールが露骨に嫌そうな顔をする。断られる前に、僕はスコールを促して駐車場に向かった。

　バラムの街に着き車を預けると、僕らはゼルの家に向かった。チャイムを押すと、直ぐにゼルの母親が扉を開けた。
「ちょっと待っててね」
　そう言って柔らかく笑う。何時も思うけど、優しそうなお母さんだ。ゼルの性格形成にすごく影響を与えてるんだろうな。
　家の中に向かってゼルって名前を呼ぶと、懐かしい声が返ってきた。
「今行くっ」
　直ぐにばたばたと階段を降りてくる音がして、彼が姿を見せた。
　ゼルは髪を下ろしたままだった。パーティーの時みたいにピアスをしていて、彼が動くたびに細い金髪がさらさら揺れる。Ｔシャツにハーフパンツっていういつもの格好ではなくて、高そうな白いシャツを着ていた。パーティーの時と同じで、以前とは全く違う雰囲気。
「久しぶりっ」
　だけど、僕達の前に走ってきてにっこり笑う姿は以前のままだった。

「少し髪が伸びたんじゃないか？」
「うん。任務が終ったら切るよ」
「ピアスの穴、あけたのか？」
「そ。この位は妥協しないとな」
「……そこまで干渉するのか？」
「約束だもん。しょーがねーって」
　……なんでスコールが僕を連れてきたのかが良くわかった。要するに、運転手なわけね。
　バックミラーを覗きながら、僕は少し虚しくなった。後部座席では人の存在を無視したようにスコールがやたらとゼルに触れている。髪が伸びたといっては髪に触れ、ピアスがどうとか言っては耳朶に触れる。
　久しぶりだからかな。ゼルはわりとスコールの好きなようにさせていた。


　ガーデンに着いて皆のとこに行くと、セルフィがパタパタと駆け寄ってきた。
「ゼル〜久しぶり〜。なんかかわいくなったね〜」
　どう考えても男に言う台詞じゃないと思うんだけど。気持ちはわかるけどさ、ゼルには可愛いって禁句じゃない？
「男に可愛いって言うなっ」
　予想通り、ゼルが拗ねた様に言う。でも何時もより言い方に元気がないのは、自分の格好を自覚しているって事だろうか。
「ほんと、可愛くなっちゃって。どういう心境の変化？」
「どうって、別に。約束だから」
　キスティスにまで言われて、ゼルが視線を外してぼそぼそと答える。やはり自覚はあるらしい。
「約束って？」
「……クライアントと……ちょっと」
　やっぱりって思った。どう考えたって、Ｍ氏の好みだもんなあ。でもそんなの成り立つんだろうか。普通クライアントにそこまで干渉する権利はないと思うんだけど。
　追求したくなったけど、結局僕は訊けなかった。スコールは事情を知ってるみたいで、助け舟を出す様にして直ぐに話題を変えてしまったから。
　その後はガーデンの最近の出来事とか、そういう話をした。ニ時間くらい話した後、お茶会はお開きになった。スコールがゼルをつれて自室に行ってしまってから、僕はキスティスとセルフィにそれとなく探りを入れてみたけど、ニ人ともゼルの今回の任務については知らないみたいだった。
　こういった知りたがりは良くないとは思ったけど、僕はどうしても気になった。相手がＭ氏で、ゼルはそういうのを上手く立ち回れそうにないっていう認識が原因だったのかもしれない。

　夕方、偶然寮の廊下をゼルとスコールが歩いているのを見かけた。多分これからゼルをバラムまで送っていくんだろう。
　スコールは久しく目にしなかった柔らかい笑みを浮べていて、何かをゼルに言っていた。ゼルがそれにはにかむように笑う。
　スコールの顔から不機嫌さが消えたのなんて、かなり久しぶりだ。
　でも、もしかしたら暫くは機嫌がいいかも、なんていう僕の考えは甘かった。翌日のスコールは、いつも以上に眉間に皺を寄せたスコールだった。


　ゼルがガーデンを出て五ヶ月ほど経った。
　ゼルは忙しいのかなかなか会う機会もなくて、スコールの機嫌はますます悪くなってるみたいだった。極端に口数が少ない。……これはまあ以前と同じと言えば同じなんだけど。眉間の縦皺はすっかりお馴染みになっていて、誰が何を言ってもにこりともしない。顔面の筋肉が固まってしまったみたいに表情が変わらない。そのわりに不機嫌さだけは滲み出ていて、そのスコールに話しかけるのは、すっかり勇気のいる行動になってきていた。

　ある日、任務のことでスコールと話していたらスコールの携帯がなった。話している最中なのにスコールがすばやく携帯に出る。
　もしもし、と切羽詰まったスコールの声。暫くの沈黙。
「ああ。で、見つかったのか？　……大丈夫か？」
　スコールが目を細める。スコールは最低限しか話さないし、傍で聞いていてもなんだか良く判らない。最後に、無理するな、と言ってスコールが携帯を切った。
「悪かったな」
　僕の顔をみてスコールが謝罪する。まあ確かに、人をいきなり無視して携帯に出るのは褒められた行動じゃない。
「いーえ。ゼルから？」
　判りきってたけど、そう訊いてみる。スコールが表情を変える相手は、ゼル以外には考えられない。スコールは、ああ、と短く答えてそれ以上の質問を許さず、任務の話を再開した。

　見つかる、と言う事は探し物か探し人だろうか。やはり何か理由があるらしい。
　ゼルをＭ氏の元に置いておくのは心配だし、スコールは不機嫌だし、僕はゼルが早くガーデンに戻ってくれれば良いのに、と思った。



　それから一月くらい経って、ゼルはガーデンに戻ってきた。
　それは夜の十時くらいのことで、エントランスには人気がなく、辺りは静まり返っていた。エントランスの人工的な明かりがゼルの淡い金髪を照らしている。遠くからでも、彼がいつも通りではないことが判った。立ち竦む彼は、どこか小さく頼りなく見える。
　唇をかみ締めて泣くのを耐えている様なゼルの頬に、スコールがそっと触れた。
　ゼルがゆっくりと目を閉じる。すでに溜まっていた涙が緩やかな曲線を描いて頬を伝い、細い顎からぽたりと落ちた。
　スコールがゼルを抱き寄せると、ゼルはスコールの肩に顔を埋め嗚咽を漏らした。スコールが宥める様に細い背を撫ぜる。声を殺して泣くゼルに心配そうな目を向け、スコールがゼルの淡い金髪をかきあげた。白い額にキスを落とす。目を閉じたまま顔を上げたゼルの瞼にもキスを落とすと、ゼルがスコールの首に腕を回して抱きついた。嗚咽の合間にゼルは何か話しているみたいだった。それに痛々しそうな顔を向けて、スコールは優しくゼルを抱きしめていた。

　……ああ、そうか。
　スコールは不機嫌だったんじゃない。
　スコールは、心配だったんだ。余裕がなくなるくらい、ゼルのことが心配だったんだ。

　僕はパーティー会場でゼルに会ったとスコールに言わなかった事を、今更ながら後悔した。きっと彼は心配していたのに。元気そうだったよ、とだけでも伝えれば良かった。
　声を掛けずに、僕は静かにその場から立ち去った。
　多分、ゼルはＭ氏に協力してもらって誰かを探していたのだろう。そして、その人物はゼルが望んだ形では見つからなかったのだ。

　翌日のゼルはいつも通りに振舞っていた。他人に心配を掛けるのが苦手な彼は、いつも通りに笑っていた。ゼルが笑うたびにスコールが心配そうな目を向ける。
　その様子を痛々しく思いながら、僕は何もしなかった。ただ、気がついていない振りをした。
　人気のないところで、スコールがゼルの肩を抱き寄せていた。優しく目を細め、髪を梳く。慰めの言葉はなく、幼子にするようにそっと額にキスを落とす。
　その不器用な慰めに、ゼルは小さく笑ってスコールの肩に瞼を押し当てた。

　


結構前に書いたものを載せてみました。 本編が別にある感じで考えていたのですが、本編が書けそうにないので開き直って（笑）。 題名もついてなかった所為もあったのですが。なんだか間に合わせのような題になってしまった（汗）。 でも、FF8頁にご感想頂けたので更新したかったのです。
ガーデンの設定は勿論勝手に作った設定です。あれもいまいち謎な制度？ですよね。採算取れるのかしら。 ガーデンの人間同士で戦うことも、とかなんとかゲームの初めで言っていた気がするのですが、 それって経営的にはどうなのかと思わずにはいられない（笑）。

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