- Ｈ・Ｇ嬢の場合 -


　最近ハリーの様子がおかしい、ということは一緒にいれば嫌でも判る。それが長い間天敵と認識してきた彼が原因であろうことも、まあ、日頃一緒に行動している身で、なお且つ誰かさんほど鈍くなければ誰だって判るだろう。
　意気込むような様子を見せて翌日に打ち沈んでいれば、何があったかは見当が付くというもの。興味深いのは、撃沈した側であるはずの白金の彼もが溜息をついているという事実。

　図書室で彼を見掛ける事は珍しくない。彼も私も図書室の常連と言っても良いくらい頻繁に図書室を利用しているのだから、訪れる時間が重なるなんて事は当然よくあることだ。
　図書室の書棚に隠れるように位置する一角に、彼は静かに座っていた。顰めるでもなく、嘲笑うでもなく、無表情に本に視線を落としている彼は、作り物の様に整った容貌をしている所為か何処か人形の様だ。すっと伸ばされた背筋。伏せられた白金の睫。本を捲る指は細くて長い。
　本当に、彼って観賞用としては完璧だわ。
　つい溜息が漏れた。面食いと言われようとも、女の子は綺麗なものが好きなのよ。
　勿論、中身については私もあまり良い感情は抱いてなかった。ただ、常にハリーに突っ掛かり、ハリーの傍にいる私たちに喧嘩を売ってくる彼に、もしかして、といった考えを何時からか抱いていた。そしてそれは、ハリーに構われるようになった途端に私とロンに関心を払わなくなったことで、確信に変わった。
　確信に変わった途端、私はあまり彼が嫌いではなくなった。なんと言うか……可愛いかも。

「溜息なんてついてると、幸せが逃げるわよ？」
　彼が溜息をついたことで、私はふと我に返った。何時までも鑑賞している場合ではない。……それもちょっと楽しそうだけど。
「ハリーもここのとこ溜息ばっかりなのよ。鬱陶しいったらない」
　そう言いながら、彼の前の席に陣取る。彼は微かに眉を寄せたが、特に咎めることはしなかった。
「友人の割に、随分な言い草だな？」
　私の行動の意図を計るように、彼が言う。
　だって、本当に鬱陶しいのよ。大体、隠すなら完璧に隠せば良いのに目の前で溜息を吐きまくり、最近の楽しげだったのとは打って変わって暗い空気を背負ってる。そのくせ私達には何も言わない。有効なアドバイスでも欲しいところだけど訊けない、といったところなのかしら。
「だって、何も話してくれないし。……何かあった？　……ハリーと」
　そう訊くと、彼は少しだけ目を見開いて、それから迷うように視線を彷徨わせた。さすがにあれだけ露骨に態度が変わって、関係の変化を知られていないとは思っていないらしい。
「よければ相談に乗るわよ？　勿論秘密は守るし」
　友好的な駄目押しに、彼が漸く頷いた。何処か途方にくれたような目をしていたのが可愛かった。

「で？　何があったの？」
　幸い今日の図書室は閑散としている。身を乗り出して状況説明を促すと、彼がぼそりと呟く様に話し出した。
「……ポッターが……。さ、最近は少しだけ話しをしたりするのだけど……」
「うん」
「先日、ポッターが僕に突然質問をしてきて……」
「うん」
　何時もの明瞭な話し方とは打って変わって、はっきりしない戸惑いがちな様子で彼が説明する。相槌を打つことで促しても、なかなか話しが進まない。ハリーったら、何言ったのかしら？
「それで、突然だったから……なんと答えれば良いのか判らなくて……」
「うん」
「それで……」
　そこで彼が言い淀む。どうやら話し難いことを言ったらしい。私はやり方を変える事にした。このままでは、三時間経っても話しが終わらない。
「で、一体何を訊かれたの？」
「僕が……。僕が、どう思っているかと……」
「ハリーのことを？」
「ああ。僕にとって、自分は何か、と……」
　ハリーってば、直球だわ。そう言えば、大分意気込んでたものねえ。
「で、何て答えたの？」
　目の前の彼の様子から、満更でもないのは明らかだ。果たして彼はどう答えたのか。興味深々に身を乗り出した私に、彼が眉を顰めた。答え難そうに目を伏せ、口を開いては躊躇ってまた閉じる。
　促す様に首を傾げて顔を覗き込むと、漸く彼が何か言った。
「……ぽ」
「え？　何？」
「……湯たんぽ」
「……」
　沈黙が訪れた時って、沈黙の天使が通ったとか言ったかしら……。
　救いがあるとすれば、その回答が自信を持って出されたものではないという事くらいかもしれない。
「ほんとにそう言ったの？」
　こっくりと、彼が頷く。
「ほんとにほんと？」
「……っだって、ポッターが言ったんだっ。湯たんぽの代わりになるからって！」
　そう言って漸く顔を上げた彼は耳まで真っ赤だった。
　どうしよう。可愛いかも。
　良かったじゃない、ハリー。これは脈ありだわ。
「ちょっと訊いても良い？」
「なんだ？」
「あなたにとって、私って何？　ロンとかネビルとかでも良いんだけど」
　怪訝そうな顔をして、彼が私を見る。質問の意図を計っているらしい彼に、にっこり笑って見せた。
「じゃあ、クラッブとかゴイル。あとは……パーキンソンとかは？」
「……同寮生」
「私は？」
「……同級生」
　漸く意図が伝わったらしい。怪訝そうな顔をしていた彼の眉間の皺が深くなる。
「それじゃ、ハリーは？」
　当然の様に、その質問には沈黙が返って来た。

「私、そろそろ行くわ。そうだ。良ければ何時でも相談に乗るから」
　視線を机に落としている彼に声を掛けると、考え込んでいた彼が弾かれた様に顔を上げた。何処か途方に暮れている感のある表情が可愛い。
　見上げてくる彼に軽く手を振って、私は図書室を後にした。
　目指すところは我が寮の談話室。彼は多分、迷惑甚だしく鬱陶しい事に暗く重い空気を纏って談話室でいじけているはず。
　これは楽しくなってきたと、私は軽い足取りで歩き出した。

　


Ｈ・Ｇ嬢の娯楽とか楽しみとか、他の題も考えたのですが（笑）。
次はハリー視点になります。
次で一区切りになるかと…。

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