- Ｒ・Ｗの災難 -


　最近のハリーは浮き沈みが激しい、と僕は思う。
　先日まで鬱陶しいほどに沈んでいたのが嘘の様に、今はまさに幸せの絶頂といった様子を彼は見せている。地に足が付いていないとはこのことか。
　ハリーが幸せそうなのは勿論僕も嬉しい。嬉しいけどさ。いちいち巻き込まれる僕って、もしかして可哀想？
　今日も今日とて、ハリーは聞いてもいない事まで話してしまいそうな勢いで幸せに浸っている。


　先日まで沈んでいたハリーを、実は僕はあまり心配していなかった。そういうとなんだか冷たい様だけど、理由はさして深刻そうに思えなかったから。だってさ、あからさまに目の前で落ちこんでいるって事は、命の危険があるだとか、人には言えない悩み事だとか、そういったものじゃ無いって事だろう？　ハリーのことだから、寧ろこっそりと悩んでいるときの方が問題だ。だから僕は、きっと落ちこんでいる原因はあれかと思ってたんだよ。
　ハリーやハーマイオニーの様子から察するに、どうやら二人は僕には気付かれていないと思っていたらしい。そりゃあね、最初は全然気が付かなかったよ。でも、目の前であんなにもあからさまに親しげに話しかけているハリーとか、目で追っているハリーとか、可愛いなあとか呟いてる締りの無い顔なんかを目にして気が付かないでいられるだろうか……。それは否だ。
　僕だって、気が付かないでいられるものなら、一生知らなくても良かったです。そしたらきっと何を血迷ったのか、奴が実はとても綺麗な容貌をしていると気が付いてしまったりとか、こっそり可愛いと思ってしまったりとか、そんなことも無かっただろうに。そしてそれが隣にいるハーマイオニーと同じ感想だなんて事にも気が付かなくて済んだんだ。
　目の前で暢気に不気味な笑い声を零すハリーを眺めて、僕は深く深く溜息をついた。
「どうしたの、ロン。沈んじゃって」
「そういうハリーは幸せそうだね……」
「うん。この幸せを君にも分けてあげたいくらいだよ」
　にっこりと、それはそれはだらしない笑みを浮かべてハリーが僕を見た。
「良かったね。マルフォイと上手くいって」
　と、再び大きく溜息をついて僕。なんで相手が男なのかとか、それもよりにもよってマルフォイなんだとか、そんな段階はとっくに超えてしまった。もういいです。勝手に幸せになってください。それでもって、僕を巻き込むのを止めてください。
「うん。良かった。今僕とっても……あれ？」
　幸せそうな顔で頷いたハリーが、途中で言葉を止めた。……しまった。
「ロン……今なんて言った？」
「別に何にも」
「いーや。僕がその名前を聞き漏らすはず無いもん。なあんだ、ロン、知ってたんだ。あのね」
　と幸せそうに話し出したハリーに、僕は遂にやってしまった、と思った。こうなることは予想がついたから、気が付かないことにしようと思ってたのに……。例えハリーが、気が付かないのは最早不可能だというほどに惚気ていようとも。
「もう夜の訪問はお許しが出てるようなものだから、話しちゃっても良いよね。黙ってるからいいでしょ、なんて言わなくってもいいんだ〜」
　まさに、にへら、とでも形容できそうな笑みを浮かべて、ハリーが僕の隣に腰を下ろした。なんかちょっと怖いです。
　……ハーマイオニー、まだかなあ。僕は図書室に行ったハーマイオニーの帰りを心の底から願った。
「ハーマイオニーのお陰だよ。僕ってば大事なこと忘れてるんだもん。でね、ちゃんと告白して返事訊いたら何て言ったと思う？」
「さあ」
　と相槌は打ったものの、多分ハリーは聞いちゃいない。いや、確実に。
「君なんて湯たんぽで十分だっ、だって。耳まで真っ赤だったんだよ。可愛いよね」
　……早く帰ってきて、ハーマイオニー。
「それでね……」
　人の話を聞いてもいなければ、場の雰囲気を考えるつもりも毛頭無いらしい。なんで今この談話室には人が居ないんだよ。誰かが居ればこの延々と続く話も止まるはずなんだ。僕の予想が当たっていれば、というか普通に考えても、マルフォイが口止めしていないはずが無い。こんな話を広めたら、奴は絶対に怒り狂うだろう。
「いっつも熟睡しちゃって可愛いんだよ。冬は寝不足になるらしくって。寒いからべったりくっついてくるんだ。もう僕喜んで湯たんぽになるよ」
「……冷え性だと冬は必需品だろうからね」
　何気なく、本当に何気なく僕はそう言った。相槌を打つのにも疲れていて、でも逃げられそうに無いから、思ったことをただ口に出しただけだったんだ。それなのに……。
「ああ！！　どうしよう、ロン！」
「何？」
「暖かくなったらだよ！！」
「は？」
「だから、暖かくなっちゃったら湯たんぽって要らないよね？？」
「むしろ邪魔なんじゃない？　ほら、夏場の暖房とか、冬場の冷房みたいに。今まで重宝してたのに、必要無くなると邪魔だなって思っちゃうじゃない」
　一人で動揺し騒ぎ出したハリーにさらりと答えたのは、かつての待ち人だった。……ハーマイオニー、君、僕に何か恨みでもあるのかい？
「そうかもしれない。どうしよう。……ロン、相談に乗ってくれるよね！？」
　有無を言わさぬ勢いで僕の正面に膝を付き、ハリーが胸の前で指を組んだお願いポーズで僕を見上げる。……この目には見覚えがある。例えるなら、遊んでいた子犬と別れるときだとか、捨てられた子猫を見つけたときだとかに見られるあれだ。そしてほだされたが最後、迷惑を被らないなんてありえない。が、しかし……。
「……うん」
　何故僕はここで頷いてしまったのだろうか。しかし、頷く以外に選択肢があったのだろうか。
　ありがとう、とにっこり笑ったハリーにつられた様に僕も笑う。それはもう殆ど自棄かもしれない。目の端に楽しそうな足取りで自室に向かうハーマイオニーが映った。
　僕は言いたい。
　ハーマイオニーの裏切り者〜っ！！

　どう見たって既に出来あがってるも同然の二人に、やはり僕は巻き込まれるのか。そして誰も助けてもくれなければ同情もしてくれないのか。これから自分に降り掛かるであろう厄介事やその苦難の日々が容易に想像出来てしまう。
　そんな僕はやはり可哀想だ、と思う今日この頃。

　


「もう直ぐ春だね……」
　寒さが緩む頃、憂いを含んだ表情で窓際に座っていたハリーがそう呟いた。それから小さく溜息を漏らす。親友のその様子に、ロンは咄嗟に言葉を発することが出来なかった。
「ハリー……」
　困惑を含んだ様子でロンが声を掛ける。その声を遮って、ハリーが突然立ちあがった。
「決めた！　僕、湯たんぽから枕に昇格する！！」
「……もう付ける薬はないって感じ？」
「そうよねえ。湯たんぽなら冷え性の彼には必需品かもしれないけど、枕って使わない人とか居るわよね。なくてもそこまで困らないし」
「……突っ込み所はそこかい、ハーマイオニー」
　親友二人が判らない。ロンは泣きたかった。
「ロン、ハーマイオニー、僕頑張るね！！」
　グリフィンドールの談話室に、親友二人の突っ込みの声を耳に入れる事もなく意気込むハリーの声が高らかに響いた。


果たしてハリーは無事枕に昇格（？）出来るのか！？
次回、『姫君の必需品』に続く……わけがない（笑）。

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