髪を梳いて、その細い指先で。 　髪を撫ぜて、その優しい指先で。 　その冷えた指先から、伝わるものは……。 - 合図 - 　夜に寮を抜け出して忍び込む先は、最近では明かりが灯されている事が多い。どうやら現在は、勉強に勤しむ時期らしい。魔法薬学のレポートが出されているから、その所為なのかもしれない。彼は魔法薬学のレポートには特に力を入れるから。その理由の一端に、担当教授がどうといった問題があるのだろうと見当が付いてしまって、実は僕はちょっと面白くない。 　スリザリン寮に忍び込み、彼の部屋の扉をそっと開けると、今日もやはり彼は熱心に机に向かっていた。 　消灯時間までは未だ間があるけど、どうやら同室の二人はもう眠っているらしい。室内にあるベッドのうち、二つは既にカーテンが引かれている。 　ペンの走る音だけしかしない静かな室内で、しかし、彼は熱中しているのか僕が立てた微かな扉の開閉音には気が付いていないようだった。 　透明マントを被ったまま、僕は小さく壁を叩く。その音に、彼の肩がびくりと撥ねた。 　本当は、こっそりと近付いて彼を驚かせるとかしてみたいけど。でも彼は実は怖がりだから。 　弾かれた様に振り返った彼の方にゆっくりと近付く。その時に、靴音を小さく響かせるのも忘れない。 「……こんばんは。ベッド温めとくね？」 　目の前で足を止めて小さく囁くと、平静を装った彼が小さく頷いた。 　別に怖がったって、驚いたって良いのに。 　そんなことをこっそりと考えたりするけど、彼には言わない。きっと彼は、真っ赤になって怒るから。そんな様子すら可愛いだけなんだけど。 　寝間着の上に着込んでいた透明マントとローブを脱いで、彼のベッドに入り込む。室内にはペンが羊皮紙の上を滑る音。眠気を誘う規則正しいその音を聞きながら、僕はベッドの中で目を閉じる。 　寒くて暗い廊下を歩いて来た身体はすっかり冷えているけれど、そうしていると段々と温まってきて、湯たんぽの役割も果たせるというもの。 　漸くベッドが温まった頃、ペンの音が止む。僕は彼の為の場所を空けて、目を閉じたまま耳を済ます。 　本が机に当たる音。羊皮紙が擦れる音。椅子が床を擦る音。 　やがてカーテンが捲れて、彼の居る音が聞こえる様に少しだけ開けておいたカーテンが、きっちりと閉じられる。 「……ポッター？」 　それから耳に入るのは、澄んだ声音で紡がれる僕の名前。 　僕は目を閉じたまま、合図を待つ。 「ポッター、眠ったのか？」 　目を閉じたままでも、彼が戸惑うような表情を浮かべているのが判る。それから、彼が僕を見下ろしていることも。 　彼がベッドに入ってきて、それでも僕は目を開けない。 「……ハリー？」 　戸惑うようなその声は、とても小さい。あまりの彼らしさに、僕は頬が緩むのを必死で堪える。 　長くて短い沈黙。微かな空気の動きが感じられて、彼の纏う清涼な香りが届く。何時もの香水の香りとは違う石鹸の香り。それも、僕はとても好きだ。 　冷たい指先が、額に触れる。戸惑いが感じられる程ゆっくりと、彼の細い指が僕の髪を掻き揚げる。額を隠していた髪が小さく揺れて、それでも目を開けない僕に、彼の指が止まる。一瞬の戸惑い。それから、彼の冷たい手が僕の髪を柔らかく撫ぜた。 　たくさん撫ぜてもらったんだ。僕はただの黒猫だったから。 　だから僕は、彼に撫ぜてと擦り寄った。 　僕はその時のことを覚えている。だからきっと、彼も覚えている。 　僕がとても、嬉しかったことを。 　僕は、あのぬくもりを、覚えている。 　思わず頬が緩んでしまって、彼の手がびくりと震える。 　これは、合図。 　僕は目を開けない。これは、僕の合図。 　そして、戸惑いの後で彼の手がもう一度僕の髪を撫ぜるのは、彼の合図。 　僕は眠っているのだから。だから、彼は僕が優しい指先を待っていたことを知らない。 　僕は眠っているのだから。だから、僕は彼の行動を知らない。 　暫く経って、ベッドの中に冷たい空気が入り込んでくる。 　擦り寄ってくる冷たい身体を、僕は無言で抱き止めた。 　髪を梳いて、その細い指先で。 　髪を撫ぜて、その優しい指先で。 　そして、その冷たい指先から、ぬくもりを伝えて。

　

こっ恥ずかしいですか。むず痒いですか。はい、そういう話です（笑）。 ドラコさんの機嫌如何で、おでこを思いっきり叩かれる場合もある模様（笑）。 20090731追加。 おでこ叩かれる版も見たいとのお言葉を頂いて日記に載せていたおまけを追加しました。 宜しければ読んでやってくださいませ。 （子猫シリーズは一人称が基本ですが、降りてきたのが三人称だったので三人称になっております。） 　白く細い指が、硬い黒髪に触れた。 意思の強さを象徴するように頑固な黒髪は、今日もそれぞれが好き勝手の方向に跳ねている。 ハリーの黒髪を柔らかく梳くと、ドラコは小さく笑みを浮かべた。それから、冷たい指で何度も髪を梳く。 　ふと、ベッドの上で眠っているハリーの口が、微かに笑みを形作った。 閉じた目が微かに震え、顔の筋肉を抑えようとする不自然さが顔全体に広がる。 　ドラコの指の動きが止まった。ハリーの額に添えたまま、白い指が硬直している。 ハリーの動きに気が付かない振りをするには無理があった。 暫くの沈黙の後、ハリーがこちらを窺う様に薄目を開けはじめればなおのこと。 ドラコの白い面に朱が走る。一気に耳まで紅く染めると、ドラコは己の手を見下ろした。 白い指は、ハリーの額の上に置かれたままだ。果たして、この手をどうすれば良いのだろう？ 　迷ったのは一瞬だった。ハリーの睫が大きく震えた瞬間、ドラコは盛大に眉根を寄せた。 「痛いっ。ドラコ、痛いって痛い……」 「煩いっ。狸寝入り！」 　一発では足りないと、ハリーの額に容赦なく手のひらが落ちてくる。 　止めの枕を顔面に頂くと、ハリーの声は途切れ、更にはドラコの立てる物音もしなくなった。短い沈黙が訪れる。 「ドラコ？」 　そろそろと窺うように起き上がり、ハリーが顔面から枕を外すと、透かさず細い腕がハリーをベッドの上に転がした。 「わっ」 　驚きの声を上げて、押された勢いのままハリーがベッドから転がり落ちる。 そんなハリーには頓着せず、ドラコが空いたベッドに潜り込んだ。そのままハリーに背を向けて、寝の姿勢に入る。 「ドラコ？　ドラコさん？　もしもーし」 　ベッドに這い上がると、ハリーはドラコを覗き込んだ。 「煩いっ」 「ぐえ」 　言葉と同時に手が出てくる。顎を掬われたハリーが、再度ベッドに沈んだ。 「ねえ、怒っちゃった？　ドラコ？」 　打たれ強いハリーはその程度では懲りない。再度起き上がると、ハリーはまたもやドラコの顔を覗き込んだ。 「煩い！」 　言って、今度は毛布を頭から被る。どうやらまだ紅く染まった耳の熱が治まらないらしい。 それを隠すようにベッドに潜ったドラコに、ハリーは小さく笑った。 「ね、折角だから話しようよ」 　そう言って外側から毛布を掴めば、中のドラコが抵抗して内側から毛布を引く。 「ねーってば」 　ハリーは笑いながらドラコに圧し掛かった。毛布の下で、ドラコがくぐもった声を漏らす。 おそらく、重いだのなんだのと文句を言っているに違いない。毛布ごとドラコを抱き込んで、ハリーは強請る様にドラコを揺すった。 毛布の中のドラコがハリーを退かそうともがいたが、ハリーは笑いながら暴れるドラコを押さえ込んだ。 　そんな風に戯れ始めてからどの位経ったのだろうか。一向に顔を出さないドラコに、ハリーは首を傾げた。 すっかり疲れてしまったのか、ドラコはぴくりとも動かない。 「ドラコ？　本当に怒っちゃった？」 　微かに不安そうに言い、ハリーはそっと毛布を捲った。毛布の下から白金の髪が現れ、やがて白い顔が見えてくる。 その目はしっかりと閉じられ、幼い表情を覗かせていた。ハリーの耳に規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。 ハリーは思わず笑みを零した。 　ドラコの隣に潜り込み、毛布を引き上げる。ドラコの肩にしっかりと毛布を掛けると、ハリーはドラコの寝顔を眺めた。 滑らかな白金の髪を梳き、現れた白い額に口付けを落とす。 「おやすみ」 　小さく呟いて、ハリーはドラコの隣に横になると、そっとドラコを抱き寄せた。 ハリーとの戯れ合いで、身体が温まったのだろうか。冷え性のドラコの身体はいつもより暖かい。 　ハリーは小さく笑うと、ゆっくりと目を閉じた。

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