親切が仇になる事だってあるって、僕だって経験で知っている。
　恩を仇で返される事だって勿論あるし。
　それでも、親切にするのは良いことだって、誰だってそう思ってるよ、きっと。
　でも、それで後悔することだってあるんだよね……。
　そんなことを考えてしまう、今日この頃。


- 僕の日常 -


　未だにきっちり閉まったままの親友のベッドのカーテンと時計の針を交互に見て、僕はがしがしと寝癖のついたままの赤毛を掻き乱した。良くある光景に、欠伸を噛殺しながら勢いよくカーテンを開ける。
「ハリー、もう朝だよ。いい加減に……」
　と、そこまで言って、僕はしばし沈黙した。それから大きく開いたカーテンをきっちりと閉め、頭の中で三秒数える。
　別に、そうすれば手品みたいに今見えたものが消えるだなんて思ったわけじゃない。……そう、あれだ。人間、信じられない、信じたくないものを見た瞬間って、もう一度確認したくなるじゃないか。我が目を疑う。そう言う感じで。
　再度勢いよく開いたカーテンの向こうに見えたのは、やっぱりさっきと変わらない光景で……。いや、違った。視線の先で、さっきはすやすやと眠っていた彼が、ぼんやりと目を開けていた。まだ目が覚めていないのか、白金の睫が数回瞬く。ぼんやりと身体を起こした彼が、白金の髪を掻き揚げ、ぼんやりと辺りを見回し、最後に僕の顔の上に視線を止めた。不思議そうに小首を傾げた彼を不覚にも可愛いと思ってしまって、しっかり動揺した僕は咄嗟に言葉が出なかった。
　不自然にベッドの右側に眠っていた彼の隣にはきっと誰かが居たのだろうし、当然それが誰であるかは疑い様もなく、でもその人物がどこに居るか今まで眠っていた彼が知っている筈もないだろうから……。
「……おはよう」
　結局出た言葉は妥当なのか間抜けなのかこの言葉……。
「……ウィーズリー？」
　ぼんやりと訊いてきた彼にとりあえず頷きを返す。彼は不自然なほど長く沈黙を保ち、それから綺麗に白い肌を真っ赤に染めた。漸く自分の居場所を理解したのか耳まで赤い彼と、なんとコメントしてよいやらとやはり沈黙を保つ僕がその場に立ち尽くして数分。
「ロン。君、何してるのかな？」
　沈黙を破って背後から掛けられた声に、僕は悪寒を感じずにはいられなかった。


「もう皆起きてきちゃっててさあ。だから、今日はここで過ごそう？　皆が居なくなったら送ってくから。大丈夫だって、きっと昼には皆居なくなるよ。最悪夕食には……」
「冗談じゃない、僕は帰るっ」
　楽しげに語るハリーに、マルフォイは顔を紅潮させたまま怒鳴った。とりあえず身支度は整えて、でもここには整髪料はないから髪は梳かしただけで何時もと違うんだけど。いつでも出て行けるとばかりの彼は、談話室の人口密度に邪魔されてここで足止めをくらっている。
「どうやって？」
　くすりと笑ったハリーの態度に、益々ご機嫌斜めに、お坊ちゃまはにこにこと笑うハリーを睨み付けた。
「君が何とかしろっ。もともと君の所為だろ。レポートが終わらないって泣きついて手伝わせて、挙句に消灯時間を過ぎても終わらなくて。君の所為で僕は寮に帰れなくなったんだ」
「だから〜。帰れる様になるまで責任もって付き合うって」
「そういう問題じゃない。僕は、今すぐ、帰りたいんだ」
「談話室未だ人でいっぱいだよ？　ばれても良いんなら送ってくけど。寧ろ僕は大歓迎だけどさ、いいの？」
　……悪びれずに首を傾げる親友の後ろには、黒い尻尾が隠れているに違いない。君、透明マントいつなくしたのさ。それともマルフォイには内緒って？　どう考えたって、秘密にしている理由は下らないことに違いない。夜這とか、夜這とか、夜這とか……。駄目だ、別の理由が思いつかない。
「ウィーズリー！」
「何？」
　君、僕の存在覚えてたんだ。しこたま無視されていた僕にいきなり顔を向けて、マルフォイが僕の腕をがっちりと掴んだ。瞬間、ハリーの眉が不快げに顰められる。
「君と談話室を通るくらいなら、僕はウィーズリーと行く」
「はあっ！？」
　思わず零れた驚愕の声は見事な二重奏。
　文句は言わせないとばかりに睨んでくる彼の目が縋る様に見えるのは、頭一個分の身長差の所為で発生する見上げる角度の所為なのか、それとも正直な所の彼の心情の所為なのか。即ち、なんとかしろと。
「酷いよドラコ、僕よりロンの方が好きなわけ！？」
「そんなわけあるか！　君に比べればウィーズリーの方がましだと言っているんだ！」
「ああ良かった。そうだよね、ドラコは僕のことが好きなんだもんね」
「いつ誰がっ、そんなことを言った！」
「ドラコってば照れ屋さんだから。大丈夫、言わなくてもちゃんと伝わってるから」
「それは君の妄想だ。人の話を聞け！」
　一人で帰るという選択肢は存在しないんだろうか？
　噛み合わない会話を延々続ける二人を前に、僕はぼんやりと考えた。ここで一人で出ていったら、まず相手はハリーだと思われると思ってるのかな。それともグリフィンドールの中で一人は心細いとか。
　怒鳴り続けるマルフォイの僕の腕を掴む力はどんどん強くなって、無意識なのか縋る様にしがみついてくる。それにつれてハリーの機嫌は下降線をたどっていて、纏う空気が黒く淀んでいるのは気のせいではないだろう。
　お願いだから、この手を放して欲しいんだけど……。そうしたら、早々に逃げ出したネビルやシェーマスやディーンの様に、僕もこの場から逃げるのに。こんなことならさっさと逃げときゃ良かった。
「ロン、いいかげんにドラコの手を放してくれないかな？」
「君には関係ないだろう」
　冷たく答えたマルフォイの手に益々力が篭る。
　ハリー、言っても聞いちゃくれないだろうけど、手を掴んでるのは僕じゃなくてマルフォイなんだけど。マルフォイ、ハリーが関係ないかどうかは知らないけど、僕には大いに関係があるんだよ。頼むから放してくれ。
「関係あるよ。ドラコは僕のだもん」
「誰が君のだ。寝言は寝て言え」
「寝言じゃないです。事実です」
　……彼らは気が付いていないのだろうか？
　僕らの後方に存在する扉はしっかり開かれたままで、石造りの建物に声は見事に響き渡るという事を。マルフォイの綺麗に澄んだ声は、それは見事に寮内に響いていることだろう。ある意味有名な二人の声は、それが誰の声かだなんて顔が見えなくても皆判る。
　しかし、それを言ったところで果たして状況が変わるのだろうか、否、変わるまい。進展のない無意味な会話を続ける彼らを前に、諦め、と言う単語が僕の脳裏を過った。
　延々と痴話げんかを続ける彼らの間に挟まれたまま、どうせ今日は休日なんだから、ハリーを起こしてやろうなんて親切心を起こすんじゃなかったと、僕は深く後悔し……。
　ちらりと扉に視線を向けた視界の端で、僕はしっかり見てしまった。楽しそうにマルフォイと話しているハリーが、密かににやりと笑ったのを……。

　


被害に遭うロンというのはお約束、というか基本（笑）。
ところで、魔法族に手品の概念はないわよね、きっと。…み、見逃してください（笑）。

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