|
その夏は、猛暑だった。 - 物忘れ - 「あのさ、暑くないの？」 その言葉に下心があったかどうかは本人しか知らない。だが、周りにいる全員の意見はまさにそれだった。その疑問を向けられた相手は、ふと眺めていた本から視線を外し、正面に座る声の主を見下ろした。 「……暑いな」 さらりと返答し、本へと視線を戻す。 お坊ちゃまのポリシーとして、着崩すなどということをする気がないことは判る。しかし、何故この暑さの中で彼はきっちりとローブまでも着込んでいるのだろうか。 何時に無い湿度も手伝って、図書室は結構な蒸し暑さだった。加えて、閉じられた窓からは風が入り込むことも無い。しかし、白金の髪の少年は、涼しげな様子で本を捲っていた。 「あれじゃない？ きっといくらドラコだってこんなに暑ければ薄着になるよね」 「ローブを脱いだりとか、ネクタイ緩めて釦外して白い肌が垣間見えたり」 「あ、じゃあ首筋に痕残したりしてたら怒られるかもなあ」 「薄着になるようだったら二人っきりになろうっと」 「な〜んてハリーが言ってるのを聞いてしまったとか？」 くるりと隣に向き直ったハーマイオニーと隣に座るハリーを疲れた目で見ているロンの二人に、ドラコは渋面を作った。ご丁寧にも二人の声音は本人そっくりで、その連携は見事としか言いようが無い。 ドラコの目の前では、だらしなく机に突っ伏していたハリーが、更に沈み込んでいた。 「阿呆か、君は……いや、今更だったな」 納得したようにそう呟くと、ドラコが席を立った。 「あっ、ドラコ何処行くの？」 そのハリーの質問に返ってきたのは、零度の一睨み。呆れを含んだそれを残し、ドラコが歩き出した。ハリーが慌てて後を追う。 数歩行ったところで、突然ドラコが立ち止まった。 「ドラコ？」 まかり間違ってもハリーを待っていた、等ということは有り得ない。身動ぎ一つせずに立つ少年に、怪訝そうな視線が集まった。 「うわあっ！ ドラコっ！？」 ハリーの狼狽の声が図書室に響いた。ハーマイオニーとロンの二人が慌てて駆け寄る。 「しっかりして、マルフォイ！ こんなとこで気を失ったりしたらハリーに何されるか判らないわっ」 「そうだよっ。水を飲ませなきゃ、これって口移しのチャンス？ とか喜ばれちゃうよ！」 「あの、僕一応自他共に認める恋人なんですけど……」 掛けられた声に、ハリーに抱き止められていたドラコが必死の形相で目を開いた。 「グレンジャー……」 「大丈夫よ。私がハリーから守ってあげる」 縋るような視線に、ハーマイオニーがしっかとドラコの手を握る。 「いや、だから、恋人は僕だって」 ハリーの呟きは、当然の如くに黙殺された。 隠し部屋のソファーに栗色の髪の少女が座っていた。そして膝枕をされた状態で横たわっているのは白金の髪の少年だ。流石に黒いローブは脱ぎ、額に濡れタオルを乗せ、ハーマイオニーに扇で風を送ってもらっている。 「何も倒れるまで頑張らなくても……」 苦笑気味のロンの言葉に、ドラコがロンを睨みつけた。勢い良く起き上がり一気に捲くし立てる。 「これだけ暑ければドラコだって薄着になるよね。痕つけたら怒る？ ていうか、この機会に売約済みって知らしめるのも良いかも。ね、良い考えだと思わない？ とそこまで言われて、君は薄着になれるのか！？」 と、そこまで言ってドラコが再び沈み込んだ。どうやら起き上がる気力はもうないらしい。口走った内容からすると、冷静な思考も現在迷子状態なのかもしれない。 なるほど、薄着になるつもりも無いが、同時に薄着になれない事情もあるということか。 ハーマイオニーは見えるはずがないにも関わらず、思わず服に隠れているドラコの首筋に視線を止めた。 「ハリー……」 二人分の冷たい視線がハリーに突き刺さる。無言の圧力は、責任を取れと迫っていた。そして、片方の視線には、僕だって膝枕なんてしてもらったこと無いのに、という恨みがましい色がある。 「酷いよドラコ、僕が膝枕して扇いで介抱してあげるって言ったのに」 大きな溜息が三つ、室内に響いた。 「ポッター」 「なに？ ドラコ」 「だるくて君がいるだけで疲れる。出ていってくれ。鬱陶しい」 ドラコが小さく息をつく。元々丈夫には程遠い身体に暑さは思った以上に堪えたらしい。 「ドラコ？」 呼びかけに、ドラコが答える様子は無い。本当にだるくて仕方が無いらしく、ハリーに視線を向けることもしない。 「あの、ドラコ。……怒っちゃった？」 返って来たのは、溜息と沈黙。今更の様に焦り出したハリーが縋る様にロンへ、そしてハーマイオニーへと視線を向ける。二人が処置無しと言うように首を振った。 「ま、任せてドラコ。僕が涼しくしてみせるからっ」 引きつった笑みを浮かべて、ハリーが杖を取り出した。 その日、巨大な冷凍室がホグワーツに一室増えた。 「莫迦ハリーっ。君は加減という言葉を知らんのかーっ！」 「大丈夫。僕があっためてあげるから」 「戯けーっ！」 少年の怒声が響き渡る。諦めにも似た溜息が二つ、その怒声に被さる様に零れた。 自室で涼んでいるダンブルドアが城内の温度調節をし忘れていることを思い出すその日まで、ハリーの愚行は続く。 |
|
今年の夏があまりに寒いので、こんなものを書いてみました。 くだらないのが書きたかったんですけど、くだらな過ぎますかね。……呆れられてしまいそう（汗）。 2003.08.19 |