|
華奢な身体を支える様に細い腰に腕を回し、ハリーは肩口に埋まる白金の髪に唇を寄せた。ローブに縋りつく震える指を柔らかく撫ぜ、安堵させる様に背を撫ぜる。 ゆっくりと呼吸を繰り返すドラコを心配そうに見ると、ハリーは目の前の人物に視線を向けた。射る様な視線を向けられ、上級生が思わず身を引く。集中する視線にさらに周りを一瞥すると、ハリーは再度ドラコの髪に唇を寄せた。 ドラコが大広間に入って来たときから、ハリーは彼に気が付いていた。声を掛けてきた上級生にドラコが眉を顰めたのを見てハリーも不快に眉を顰めたが、誰であろうと今回もまた彼に手を弾かれるだろうと思っていた。それが今回は相手がしつこい。苛立ちが募り、上級生がドラコの腕を掴んだ瞬間、一気に頭に血が上った。人前で親しくするのはドラコが望まないだろう。そのことは十分判っていたつもりだったが、青褪めた顔に気が付くと怒鳴っていた。目の端にゴイルとクラッブが慌てて駆け寄るのが映っていたが、ハリーの中では認識されなかった。 ―――自分以外の者が、彼に触れるなんて。 縋りつく細い指に、ハリーは目を細めた。ドラコは安堵した様に肩口に顔を埋めたままだ。 彼が返事を迷っていることに、不安がないわけではなかった。嫌いではなくとも、好きでもないのかもしれないと不安になることもある。それでも、諦めようとは思わない。こうして彼は、無意識の内に不安を払拭してくれる。 時折、彼が無意識に示す好意が愛しい。それは無意識だからこそ、偽りがない。 大広間は水を打ったような静寂に包まれていた。誰もが音を立てることに躊躇し、身動ぎ一つしない。その状況に一人だけ頓着していないハリーは、腕の中の身体が微かに身動ぎしたことで、漸く支えていた腕の力を緩めた。 「大丈夫？」 ローブを掴む手はそのままに、ドラコがぼんやりとハリーの肩口から顔を上げた。ドラコの顔を覗き込み、ハリーは柔らかく声を掛けた。 どうやら状況が理解できていないらしい。ドラコは数度瞬きをすると、顔を上げてハリーを見た。それから視線をハリーのローブを掴んだままの己の手に向け、再度ハリーの顔の上へと戻す。ふと、漸く己に集中する視線に気が付いたのか、ローブを掴むドラコの指が強張った。 「……あ」 小首を傾げたハリーの目の前で、白い肌が首筋まで真っ赤に染まった。ドラコはそのまま暫く硬直していたが、突然弾かれた様に踵を返した。誰とも視線を合わせようとせずに、大広間の扉へと向かう。自然と人垣の間に道が開いたのは、彼が羞恥に顔を紅潮させたままだった所為かもしれない。思わず可愛いと形容してしまうその様子は普段の彼とはかけ離れていて、大広間中の視線が彼と共に流れていく。 「ドラコ！」 「ハリー、ちょっと待って」 ドラコを追って走り出したハリーは、横から掛けられた声に足を止めた。視線を向けると、栗色の髪の親友が、心得たような笑みを浮かべている。その隣で驚愕に目を見開いたまま固まっているもう一人の友人の姿が目の端に映った。 「はい、これ」 にっこりと笑って渡されたのは、紙袋だった。受け取ると美味しそうな匂いが漂ってくる。 「ありがと、ハーマイオニー」 「いってらしゃい」 手を振るハーマイオニーに笑顔を返し、再度走り出したハリーは、ふと大広間の扉の前で足を止めた。くるりと振り返り、口の端を微かに上げる。 「……そういうわけだから、よろしくね？」 特に大きい訳でもない声は、静寂に包まれた室内に奇妙なほど大きく響いた。釘を刺す様な一瞥を向けられた数人が、思わず身を引く。 満足そうに目を細めると、ハリーは勢い良く廊下を走り出した。 「ドラコ！ 待って！」 背後から呼びとめられ、ドラコは早足に寮に向かっていた歩みを止めた。日は既に落ち、広々とした廊下では所々に備え付けられた蝋燭が灯っている。何らかの魔法が働いているのだろう。さして多くもない蝋燭は、それでも互いの姿を認めるのに十分な明るさを放っていた。 人気のない廊下に、忙しない靴音が響く。その音が近付き、俯いた視界に靴の先が入っても、ドラコは顔を上げることが出来なかった。 「ドラコ？ 未だ気分が悪い？」 何処か心配そうな声音で呼び掛けられ、ドラコは漸く顔を上げた。首筋まで真っ赤に染まった肌は、未だ熱が引かない。羞恥に潤んだ瞳を向けると、ハリーがにっこりと微笑んだ。 「あのね、ハーマイオニーが簡単な夕食を持たせてくれたよ。夕食抜きじゃお腹空くでしょ。一緒に食べよ？」 言って、ハリーが持っていた紙袋を掲げて見せる。ドラコは驚いた様に瞬きをしてハリーを見た。 「何時もの部屋に行って、一緒に食べよ？」 ハリーが促す様に歩き出す。ぼんやりと立ち尽くすドラコから数歩離れると、ハリーが振り返った。 「行こう？」 笑顔と共にハリーの手が差し出される。ドラコはその手に視線を落とした。ゆっくりと視線をハリーの顔に戻すと、ハリーの笑みが深まる。 ―――この感情は、何なのだろう。 何度も繰り返した疑問が頭に浮かぶ。 ゆっくりと視線を再びハリーの手に戻し、ドラコは小さく笑みを浮かべた。 この感情の名前は知らない。いくら頭で考えても答えは出ない。どうすれば良いのかなんて判らない。でも……。 「うん」 感情で答えを出して、ドラコははにかむような笑みを返した。 怖いという感情を押し込めてその場を動かなければ、今のままではいられるだろう。何も変わらないままに。知りたくないことも、欲しくないものも、そして欲しいものも手にしないまま。でも、一歩外に出てみれば、何かを変えられるかもしれない。その線の外に出てしまえば、傷付くこともあるのだろうけれど。 ―――でも、大丈夫かも知れない。 そんな風に思えて、ドラコは笑みを深くした。背中を押してくれる優しい手が、一歩を踏み出してみたいと思わせてくれる。きっと彼は、そこに居てくれるだろう。 おずおずと差し出した白い手が、ハリーの手を掴む前に捕まえられる。 触れた手の温もりが、冷たい手にゆっくりと伝わった。 |
|
漸く完結です。ここまでお付き合いくださって、有難うございました。 ご感想など頂けると、とても嬉しいです。 2005.01.30 |