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夫人が運んできてくれた朝食を摂った頃には、もう昼に近い時間になっていた。 時間との勝負の様に食べる僕とは対照的に、彼はゆっくりとスープを口に運ぶ。普段はそうでもないが、僕はお腹が空いている時はどうしても食べるのが早くなってしまう。小さい頃のあの生活は、食べられる時に食べろ、という意識を僕に植え付けてしまったらしい。サンドイッチを食べる手を止め、僕は紅茶で一息ついた。ふと外に目を向けると、昨日とは打って変わった快晴で、抜けるような青空が広がっていた。 「……元気になったら、箒で遠乗りでもしよっか？」 ふと思いついて、僕は何の気なしに言ってみた。残念なことに、彼を乗せて飛ぶのは酷い雨の中が初めてになってしまったので、晴れた日に箒で空を飛ぶ心地好さを彼にも体験させてあげたいと思ったのだ。 ぼんやりと外を見ていた僕は、返事を促すように視線を彼の顔に戻した。視線の先では、彼が驚いたように僕を見上げていた。ホグワーツに居た頃の記憶を掘り起こしてみると、空を飛んでいた時の彼は楽しそうにしていた様な気がする。それならば、彼も、好きなのではないだろうか？ 「どう？ 君が嫌じゃなかったら。外で遊ぶのは好きじゃないみたいだけど、たまには外で遊ぶのも良いよ？」 そう言って笑うと、彼が恥ずかしそうに目を伏せた。白い耳朶が、微かに紅く色付いている。 「……僕、外で何をしたら良いか判らないから。外は良く知らないし」 呟くようにそう言って、彼は口を閉じた。 僕はてっきり、彼は家に居るのが好きなのだとばかり思っていた。趣味は読書で、外に興味はないのだと。どうやら彼は、知らない外の世界が怖いらしい。そして、遊び方を知らない。彼は友達と外で遊ぶというようなことを、したことがなかったのだろう。ホグワーツに入るまでの、僕と同じ様に。 「そっか。僕もあんまり外での遊び方とか知らないんだけど……。天気の良い日に箒で出掛けて、景色の良いところでおべんと食べて。それだけでも、楽しいんじゃないかな？」 そう言うと、俯いていた彼が窺うように僕を見上げた。 「大丈夫。迷子にさせたりしないから」 本当は、外に興味があったのだろう。笑った僕を見上げて、嬉しそうに彼が笑った。 もっと早く彼を外に連れて行ってあげれば良かった。 はにかむ様に笑う彼を見て、僕はそう思った。 その日は、出掛けるには絶好の日和だった。快晴だが日差しは強過ぎず、風は温かだ。 「用意は良い？」 「うん」 「寒くない？」 「大丈夫」 「ちゃんと帽子被って。しっかり捕まってるんだよ？」 「うん」 少し弾んだ声音で答えて、彼が僕の腰に回した腕に力を込めた。 「それじゃ、行ってきます」 ウィーズリー夫人に挨拶すると、夫人は彼の帽子の位置を再度直し、箒に固定したバスケットがきちんと固定されているかを確認した。それから満足そうに笑って、箒から離れた。 「気をつけて。楽しんでいらっしゃい」 「行ってきます」 笑って手を振る夫人に、彼が挨拶を返す。腹の上で組まれた手がしっかり固定されているかを確認すると、僕は軽く地面を蹴った。二人を乗せた箒が、ゆっくりと宙に舞い上がる。旋回しながら高度を上げると、彼が身を乗り出して地上を見下ろした。 「こら。危ないよ」 「凄い。高い！」 背後から聞こえた弾んだ声に、思わず頬が緩む。 「スピード出すよ。しっかり掴まって」 僕の言葉に、彼の腕に力が篭った。徐々に速度を上げて、空の中を進んでいく。あっという間にウィーズリー家の建物は見えなくなり、眼下には緑の風景が広がった。風が頬を擽り、僕は心地好さに目を細めた。箒に乗った時の開放感と、この風が好きなのだ。まるで地上に縫い止められていた身体が、開放されるかの様だ。 「風が気持ち良い。……僕も箒に乗れるようになれるかな？」 「なれるよ。僕が教えてあげるから大丈夫。……それに君には才能がある」 優雅な仕草で空を舞っていた彼を思い出し、僕はそう断言した。目を細めて風を受け、高さに臆することなく笑みを浮かべている彼は、もしかしたらずっと、飛ぶことに自分と同じ感情を抱いていたのかも知れない。あの頃はいつも、僕と彼が空を飛ぶ時はクィディッチで競い合う時ばかりだったけれど。 「……ハリー」 「ん？ 何？」 互いに無言で風を楽しんでいると、不意に囁くような声が聞こえた。その声に、ホグワーツでの思い出から引き戻される。促すと、腰に回った彼の腕に力が篭った。 「……あのね。……僕、初めてハリーに会った時、何故だか懐かしいって思ったんだ。……変かもしれないけれど」 言って、彼が言葉を止める。彼の額が背に当たるのを感じた。 「……だから。……だから、僕、とても嬉しい」 囁くような声と共に、彼が身を寄せるのが判った。背にあるぬくもりが心地好い。 時折、彼はドラコ・マルフォイなのだと感じることがある。例えば彼の仕草に。箒に乗った時の様子に。彼の行動を見て、ふと、そういえば昔の彼もそうだったと思い出すのだ。だとしたら……。だとしたらきっと、僕の知らないマルフォイと今の彼も変わらないものを持っているのだろう。僕の知り得なかったマルフォイが、彼の中に居るのかも知れない。 「……僕も、嬉しいよ」 呟きに、彼が笑った様な気がした。 僕たちはまた無言で風を楽しんだ。ふと、振り向いてみると、彼と視線が合った。幼い顔に笑みを浮かべた彼を見て、僕も笑みを返す。前方に視線を戻すと、腰に回った彼の腕に力が篭った。 どうかまた、間違えてしまう事のない様に。後悔することのない様に。 彼の手に片手で触れ、心の中で小さく祈る。 背に感じるぬくもりに、僕は目を細めた。 - end - |
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漸く完結です。ここまでお付き合いくださって、有難うございました。 ご感想など頂けると、とても嬉しいです。 2005.12.30 |