|
「マルフォイ！？ マルフォイ！」 抱き止めた身体ごと膝をつき、ハリーは腕の中の顔を見下ろした。鋭い呼びかけに、反応は無い。細い手首を取り脈を確かめると、冷たい肌が静かに規則正しく脈打っているのが判った。 ハリーは小さく安堵の息を吐くと、ドラコの痩躯を抱き上げた。抱き上げた身体は、記憶のそれよりも軽い。その事実に泣きそうになりながら、ハリーは医務室に向かって歩き出した。 幸い、朝食時の廊下には人気が殆ど無い。暫く進むと、急用でもあったのか廊下を歩いていた生徒が、ドラコを抱えるハリーを見て驚きに目を見開いた。 それを無表情にやり過ごし、ハリーはドラコの身体を抱え直した。ハリーの肩に力なく頭を預けたドラコは、未だ意識を失ったままだ。懐かしい香りが鼻腔を擽った。 医務室に入ると、ハリーは寝台にドラコを横たわらせた。室内には誰も居ない様だった。恐らくポンフリーはまだ朝食を摂っているのだろう。どうやら待つしかないようだ。 ハリーはドラコの靴を脱がせ、ネクタイを緩めると、白い面を見下ろした。 日の光の中で彼の顔を正面から見るのは、随分と久しい。 ―――痩せたな。 ハリーは眉を顰めた。元々全体に線が細かったが、今は病的なほどだ。白い頬に手を伸ばし、触れる寸前でハリーは手を止めた。 自分に、触れる権利があるのだろうか？ ハリーは伸ばした腕を戻すと、拳を握り締めた。寧ろ、近寄ることさえ許されないのかも知れない。目の前で意識を失っているドラコが、必死で自分を拒絶している様に思えた。 どうすることも出来ずに、ハリーはその場に立ち竦んだ。 ふと、青白い顔で眠っていたドラコが微かに動いた。苦しそうに顔を歪め、唇が微かに動く。ハリーは慌ててドラコの顔を覗き込んだ。 「マルフォイ？ マルフォイ、大丈夫？」 声を掛けたが、ドラコの様子に変化は無い。ハリーは逡巡し、何かに怯える様に身体を竦ませているドラコの髪を優しく梳いた。 「……ドラコ、ドラコ。……大丈夫だよ。大丈夫」 耳元で囁くと、細い腕がハリーに向かって伸ばされた。ハリーはその腕を肩に回すと、ドラコの身体を抱き締めた。寝台に腰掛け、ドラコの上体を起こし、自分に寄り掛からせる。ハリーは縋り付くように背に腕を回すドラコの背を、宥める様にゆっくりと擦った。 「……大丈夫。……大丈夫」 囁きながら背を撫ぜ続けると、次第にドラコの様子が落ち着いてきた。泣き叫ぶ寸前のようだったドラコが、今度はぬくもりを求める様にハリーにしがみ付く。震える背中を撫ぜながら、ハリーは薄い肩に顔を埋めた。 ハリーは何かが満たされる様な感覚を覚えた。腕の中のぬくもりが心地好い。 その懐かしい感覚に浸っていたハリーは、ふと、泣きたくなった。 ―――彼が縋っているのは、僕じゃない。 腕の中のドラコは、漸く震えも治まり、落ち着いた様子で眠っている。ハリーは数度白金の髪を撫ぜると、もう一度ドラコを寝台に横たわらせた。白い額に掛かる白金の髪を、丁寧に整える。 何故、彼はあんなことをしていたのだろう？ 何度も頭を過ぎった疑問が、再度浮かんでくる。眠るドラコの顔を眺め、ハリーは消え入りたい気分になった。酷い羞恥を覚え、叫びだしたくなる。 その答えを、自分が知ることが出来る筈は無かったのだ。いつも、自分は彼を気に掛ける振りをしながら、快楽に溺れていた。行為そのものに。そして、縋られる心地好さに。 本当にドラコの心を気に掛けたことなど、一度も無かった。 ―――僕は彼に、僕を見て、僕に縋って欲しかったんだ。 ハリーは俯いて、泣きそうに顔を歪めた。自分のあまりの身勝手さに、後悔と羞恥に襲われる。自分に縋って欲しいと心の奥で望みながら、相手のことなど欠片も思い遣ることは無かった。心地好さだけを求めて、ドラコのことを知ろうともしなかった。 彼に対して、何かをしたかった。しかし、傷付けた相手を前にして、自分は追い詰めるほかは何も出来ないのだ。 悔しさと悲しさに、ハリーは唇を噛んだ。 next |