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通された部屋は、書類で埋め尽くされていた。かろうじて目の前にある机の上だけは積まれた書類の向こうに人の顔が見える程度の高さになっている。 穏やかな顔をした男性がドラコに椅子を勧めた。言われるままに腰を下ろし、ドラコは相手が話し出すのを待った。 「君は脅されていうことをきかされていた。そうだね？」 男の言葉に、ドラコは顔を上げた。恐らく男はドラコに同意して欲しいのだろう。ドラコを観る目は穏やかで、その声は促すようだ。しかし、ドラコはどう答えれば良いか判らなかった。 「宜しい。君は例の人に脅され、また、父親に従ってあの場に居た。例のあの人に従ったのは自身の意思ではなかった。異論があるなら言いたまえ」 男がそう言うと、部屋には沈黙が訪れた。ドラコは礼儀正しく椅子に座ったまま、男の顔を見つめた。ドラコの迷い子の様な表情に、男が微かに苦笑を浮かべる。 「宜しい。では、これで君の無実が確定した。君の父親の、闇の魔術に関わる資産は没収されるが、君の名義のものと母親名義の遺産の相続は認められる。屋敷については没収となるが、私物……例えばアルバムなどは申請すれば取り戻すことが出来るだろう。勿論、危険なものでないと証明された場合だが。それと、マルフォイ家は実質取り潰しとなる。君は姓を変えることになるだろう。詳しくはこの書類に書いてある。……なにか質問はあるかね？」 「……いいえ」 「そうか。では、行きたまえ。迎えが来ているそうだよ」 言って、男が立ち上がる。ドラコが素直に立ち上がると、男が手を差し出した。 「元気で」 「……有難うございます」 求められるままに握手を交わすと、ドラコは部屋を出た。 ドラコは自分が空っぽになった様な気がしていた。これから、何処に行けば良いのだろう。拘留されている間は誰かが何もかもを決めてくれた。しかし、開放された今、何処に行って何をすればいいのかもわからない。 ドラコのあまりに頼りない様子に、取調べを行った役人も、手続きを行った役人も優しかった。高圧的な父親が有名だった所為かもしれない。繊細で従順な青年は、差別的な視線から直ぐに同情的な視線を向けられるように変わっていた。拘留されている間に、父親からの抑圧が酷過ぎたと誰かが話しているのを、ドラコは何度か耳にしていた。 指示されるままに建物を出ると、ドラコは眩しさに目を細めた。強い日差しが色の薄い瞳には刺さるようだ。思わず顔の前に手を翳す。太陽から逃れる様に下を向いたドラコは、誰かの足が視界に入るのを認めた。 「……やあ、久しぶり」 「……ポッター？」 顔を上げると、そこにはハリーが立っていた。ドラコは困惑して首を傾げた。迎えというのは、彼の事だったのだろうか。 「何故、ここに？」 「うん。……君に話があって」 「話？」 「うん。……少し歩かない？」 言われて、ドラコは頷いた。どうせ行くところもすることもない。 季節は夏から秋に変わりかけていた。夏の名残が、明るい日差しとなって降り注いでいる。前を歩くハリーの後を、ドラコはゆっくりと歩いていた。 「大丈夫？ 疲れたら言ってね？」 「……平気だ」 気遣う言葉に、短く言葉を返す。拘留されていた間に、ドラコの体力は随分と衰えていた。それ以前に、父親に従ってヴォルデモートの元に置かれてからドラコはやつれていく一方だったので、ハリーの気遣いも無理は無い。恐らく自分は今、病人の様な見目をしているのだろう。 役所の庭を横切り、人気の無い場所まで行くとハリーが足を止めた。振り向いてドラコを見る。ドラコが視線を返すと、ハリーが柔らかく笑った。 「僕は君が好きです。お付き合いしてくれませんか？」 突然告げられた言葉に、ドラコは目を瞬いた。意味を理解するまで数秒を要する。咄嗟に頭に浮かんだのは、学生時代に幾度となく口にした言葉だった。 僕は家を継ぐ義務があり、パートナーは女性しか有り得ない。 しかし、今となってはその言葉に意味は無かった。もうマルフォイ家は無い。家と、父親の意思と。ドラコの行動を決めてくれたものはもう何も無い。全て自分で考えなくてはいけない。それを自由というのだろうが、ドラコはそれに戸惑いしか感じなかった。 視線の先には、穏やかな緑の瞳がある。何処か緊張気味にドラコを見ているが、そこに鋭さはない。ドラコは口を開いて、結局また閉じた。 「……ええと。……駄目、かな？」 些か弱気な声が耳に入る。自分を嫌っていたハリーが何故そんなことを言うのか、ドラコは判らなかった。自分がハリーの言葉をどう思ったのかも良く判らない。 今まで数を覚えていないほど告白されてきたが、ドラコは相手を見たことはなかった。今まではその必要が無かった。けれども、もうドラコは自分で決めなければならない。 ドラコは迷い子のような視線をハリーに向けた。突然世界の全てが変わってしまったのだ。ドラコが戸惑っているうちに、様々なことが動いていく。どうすればいいのか、今のドラコには判らなかった。 「……ゆっくり考えて、いつか答えをくれる？」 優しく微笑んで、ハリーがドラコに手を差し伸べた。 この手を、とっても良いのだろうか？ ドラコはゆっくりとハリーの顔を見た。長い沈黙に、ハリーの表情に一瞬緊張が走る。ドラコは視線をハリーの指に落とした。 この手は、今もやはり暖かいのだろうか？ ドラコが恐る恐る手を伸ばすと、指先が微かに触れた。大きな手がドラコの冷たい手を包み込む。 その暖かさに、ドラコはゆっくりと笑みを浮かべた。 - end - |
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ここまでお付き合いくださって、有難うございました。 2009.06.05 |