「「…なんで」」
「………」
それを言いたいのはこちらだ。自分を挟んで対極的な位置から呟かれた同じ言葉に、魔法薬学教授は頭を抱えようとする腕を懸命に抑えた。



Ｄｅａｒから始まる夜想曲



スネイプ教授の夜は遅い。担当する魔法薬学の授業の準備、寮監を勤めるスリザリンの見回り、合間を縫って自分の研究に取り組みもすれば、フィルチやゴースト以外誰もいないはずの廊下を歩くこともしばしばだ。
コツコツと靴音を響かせて石の廊下を進んでいたスネイプは、不自然に膨れた影にため息を隠せなかった。
「そこにいる者、出て来なさい」
逃げ場がないと悟ってか、決まり悪そうな顔で出て来た少年の特徴的な黒髪に、ため息の重さが増す。
「君も夜の散歩と気取っているのかね、ポッター」
ぼやいた言葉に丸い眼鏡の奥の目が瞬いた。
「も？」
流石は名シーカーと知れた獅子寮の少年の緑色の目は、その名が静かな廊下に響いた時、小さく震えた細い肩が、スネイプの影に隠れようとするのを見逃さなかったようだ。
「「…なんで」」
広がるスネイプのマント越し、互いを見止め合った少年たちの口から同時に呟きが漏れる。スネイプがちらりと目を向ければ、背後に立つ自寮の少年がムッと眉を寄せるのが見えた。何か言おうとして止めたのか、口を開閉したポッターが、その少年、ドラコ・マルフォイを覗きこむように足を一歩進める。ぷい、と少年が顔を逸らせば、暗がりでも目立つプラチナブロンドが、しゃら、と揺れた。追うように黒髪の少年がもう片方の足も踏み出し、白金の髪の少年がつんと避けて後退る。飽きずに繰り返し、ついには踊るようにくるくるとスネイプの周囲を回り出した彼らを、スネイプは厳しい咳払いで静止させた。ピタリと動きを止めた彼らが揃って見上げてくる。
「ハリー・ポッター」
「はい」
「消灯時間が何時かは知っているだろうな」
「…はい」
「その後は速やかに自室に引き上げ就寝。間違っても寮の外に出てはならないとあったはずだが。違うかね、ドラコ・マルフォイ？」
「…違いません」
胸のうちも顔付きと同じ心境なのかどうか、特に一方の少年に関してはスネイプには到底そうは思えなかったが、神妙な顔付きで俯く少年たちを前に、彼はどうしたものかと頭を悩ませた。まかりなりにも教育者、頭ごなしに減点し追い返したのでは、後の為にもならない。手にする学術書の重みと忍び来る夜気にも負けた。
「話は私の部屋で聞く。ついて来たまえ」
踵を返す間際に見えた、二人の珍しいものでも見るような不思議な顔に、スネイプは殊更大きくため息をつくことで、ざわつく心中を誤魔化した。



カツコツと三組の足音が石の廊下に木霊する。数いるゴーストも見当たらず、月明かりに照らされた中庭から虫の音だけが涼やかに響いた。
「ねぇ、ドラコ」
そんな世界中が寝静まったかのような中だから、幾らひそひそとささやかれた言葉だろうと、１メートル前を歩むスネイプの耳にも達するのは容易だ。
「ドラコ」
「………」
「ドラコってば」
「ひゃっ、…なんだ」
何をしたのか、小さい悲鳴の後、ようやく得られた返答に、悪習の常習犯である少年はきっと口元を笑ませているに違いない。続けられた言葉の色がそれを証明している。
「ドラコも出歩いてて捕まったんだよね？」
「………」
「なんで？」
「………」
「もしかして僕と同じ理由？」
どんな顔をしているか、前を歩くスネイプにはわからない。しかし、子供という年頃からか、この状況下ゆえか、その声音は雄弁だ。
「僕もドラコに会いたかったんだ」
甘えを含ませた声は、こんなことでもなければ耳にすることなどなかったはず。
「僕もそうだとは言ってない」
対する少年の、言葉の上ではそう言いつつ、拗ねたような口調がそれを否定している声も、また。
ライバル同士であった彼らが、それだけで済まない関係になったことはスネイプとて知っている。可愛いスリザリンの生徒と、生意気なグリフィンドールの生徒の特別な関係。賛成はしかねるが反対できる立場でもないスネイプにとって、２人きりの雰囲気を濃くしてくる現状は非常に不愉快だった。まるで自分が盗み聞きでもしているような気分だ。
「ドジっちゃったけど、会えてよかった」
「ひとの話を聞いてないな」
「ねぇ、ドラコ」
「…なんだ」
「ごめんね？」
噛み合っているのか不可思議な会話でも、突然の謝意は予想外だったのだろう。しばし場を支配した沈黙に、靴音までもが心持ち控えめにリズムを刻む。
「…なんで」
その声は、僅かに怒りを帯びているようにも聞こえた。合同授業では初めてのことと言っていいかもしれない、魔法薬学の授業中に爆発した鍋の主の声が、ストックがなくなるほど試験管をぶち割った同級生に向かって投げられる。
「なんで君が謝るんだ」
「だって僕も悪かったでしょ」
「も」
「そう、僕も」
角を曲がりついで、出来心でちらりと走らせた目には、視線を泳がせるマルフォイと、顔をそちらへ向かせて口の端を上げるポッターの姿が映る。その間、いつの間に、もしかすると最初から結ばれていたのかもしれない手と共に。
「…悪かったな」
喧嘩の後の仲直りも、メンタル面の安定も多いに結構。規則を破るのはいけないが、授業を親身に聞く姿勢があるのならば、私生活をどう過ごそうと勝手だ。しかし、目を逸らすタイミングがずれたことは、スネイプにとってこの上ない不覚であった。決まり悪そうな謝罪の言葉に即座に続けられたのは和解の印。両手に書物を抱えた身では、耳に入る、ちゅ、と甘やかな響きを避けることも叶わない。
「大好き、ドラコ」
「…馬鹿ハリー」
微笑ましいと言いたげに口元を綻ばせる肖像画の中の貴婦人たちや、いつからいたのか遠巻きに見物を決め込むゴーストたち。彼らのように呑気な気分には至れないスネイプ教授にとって、この夜ほど廊下が長く感じられたことはなかった。

　


「ＭＥ　ＷＯＲＫＳ」のえびす様からの頂きものでございます（嬉）。
１５万打到達の企画でずうずうしくもリクエストさせて頂きました。 リク内容は「ハリドラ＋スネイプ」で「早朝（もしくは夜。人気のない時間）」で「こっそり」。
スネイプ先生がお気の毒（笑）。他意なくスネイプ先生の存在を忘れている二人が可愛いです。 真夜中にお手て繋いで廊下を歩いているのですね。先生の目の前で（笑）。
えびす様、可愛いお話を有難うございましたｖｖ


2003.09.09

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