二日間の休みはずっとゼルと一緒だったスコールは、そのすぐ後、三週間の長期任務についていた。ニ週間の予定だった任務に追加を依頼され、スコールは苛立っていた。
　傍から見ると急に予定が変わって不機嫌なようにも見える。実際、今回組んでいる面々はそう思っていたが、本当のところは任務が長引くとますますゼルに会えない、というなんともスコールらしい理由からだった。
「やっと帰れますね」
「…そうだな」
　列車のＳｅｅＤ専用の個室で後輩に話し掛けられ、スコールはいつもの無表情を崩さずに短く答えた。スコールが無愛想なのはガーデンでは有名な話なので、このＳｅｅＤもスコールの反応をさして気にしてはいない。
「なんだか長期任務の連続で、もう一月くらい殆どガーデンに居ませんでしたよ」
　そう言って苦笑するＳｅｅＤに、スコールが眉根を寄せた。そういえば、と記憶を辿る。
「…この任務の前は、ゼルと一緒か？」
「はい。ゼル先輩と護衛任務でした。なんだか楽な任務でしたよ。人見知りが激しいって言われて紹介されたお嬢さんはすぐゼル先輩に懐いたし。と言っても俺達とは殆ど話もしてくれなかったんですけど。結局何事も起こらなかったですし」
　ゼル先輩って子供に好かれるんですね、とそのＳｅｅＤは話を締めくくった。スコールが珍しく話し掛けてきたのが嬉しいらしい。
「…ゼルらしいな」
　スコールが独り言の様に呟く。
　更に珍しい事に、そのＳｅｅＤはスコールの微笑を目にしたのだった。


　ガーデンに戻ると、スコールはガンブレードを部屋に置いて直ぐにゼルの部屋に向かった。
　軽くノックをすると、直ぐに入室を促す声が返ってきた。
「スコール、お帰り」
「ただいま。報告書か？」
　ゼルは今まで端末に向かっていたらしい。画面には報告書らしき文章が映っていた。
「うん。なーんか、単発の任務が続くと報告書作成ばっかし」
「そうか」
　うんざりした様にゼルが言うと、スコールがその様子に小さく笑った。
　任務終了後は、必ず報告書を提出する事になっている。長期任務の場合、中間報告はあるが任務終了後に纏めて提出となる。しかし短期の任務の場合はその都度提出となるので、纏めてやってしまいたいタイプのゼルは少々辟易しているらしい。
「なあなあ。スコール暫く休みだろ？　俺、明日カーシェんとこ行ったら休みだからさあ。報告書も無しだし、明後日どっか行こ」
　ねだる様に見上げられ、スコールが微笑を浮べる。
「判った。明日中に報告書作成を終わらせておく」
　甘やかす様に頭を撫でると、ゼルがはにかむ様に笑った。



　行き帰りで三時間掛かんのだけは面倒だけど。
　そう言って笑うゼルを送りだし、スコールは午前中ずっと端末に向かっていた。
　一緒に組んだＳｅｅＤが早めに報告書を出してくれると良いのだが、と考えながら、スコールは一段落した報告書から視線を上げ時計に目を向けた。ゼルが戻ってくるのは八時過ぎらしい。自分の分は余裕で終わるが、スコールはリーダーだったので一緒に組んだ他のニ人の報告書も纏めなければならない。
　せめて四時頃までに出してくれれば…。
　スコールは時計から視線を外し、強張った筋肉を解す為ゆっくりと伸びをした。

　スコールが遅い時間に食堂で昼食を取っていると、ＳｅｅＤの一人が報告書の入ったディスクを持ってきた。スコールは意外に早く終わるかもしれないと思ったが、しかしもう一人が提出にきたのは五時過ぎだった。
　急いで報告書を纏め、スコールは珍しく混雑する食堂で夕食を取った。ゼルが夕食を取ってから帰ってくると言っていたので、スコールにしてみれば込んでいる事など問題ではなく、八時までに用事を全て終わらせておく事の方が重大だった。
　食事を終えると七時半を過ぎていた。ちょうど自室に入った時、電話が鳴った。
「はい？」
「スコール？　俺」
「ゼルか。どうした？」
「あのさ、ちょっと帰るの遅れる。待ってなくて良いから。明日は午後から出掛けよ」
「ゼル？　大丈夫か？」
　電話のゼルの声が遠いような気がして、スコールは心配そうに訊ねた。ゼルが大人しい時は恐ろしく空腹なのか、もしくは体調が悪いかだ。
「うん。だいじょぶ。それじゃ…」
　通話の切れた受話器をゆっくりと置き、スコールは考えこむ様に眉根を寄せた。
　ゼルは一人で車で出掛けている。体調が悪い彼が、事故らなければ良いが…。
　出来れば迎えに行ってやりたかったが、ゼルは現在地を教えなかった。スコールなら迎えに行くと言い出すと判っていたのだろう。
　帰ってきたら判る様にとゼルの部屋に行き、スコールはそこで一時間ほど時計と睨み合いをしてゼルを待った。
　時計の針が九時を示した時、ついにスコールは耐えられなくなり、部屋を出て駐車場に向かった。

　駐車場に向かって歩いていると、待ち兼ねた金髪が目に入った。俯いて静かに歩いてくるゼルに、スコールは慌てて駆け寄った。
「ゼル、大丈夫か？」
「スコール？」
　驚いたように顔を上げたゼルを、スコールは眉根を寄せて見つめた。
　大人しいだけでも体調が悪いのかと心配になるのに、彼は明らかに青白い顔をしていた。
「ちょっとだるいだけ。…部屋帰って休めば大丈夫」
「大丈夫そうには見えない。カドワキ先生のところに行くか？」
「…いい。…休めば平気」
　支えるように手を差し出すと、相当辛いのかゼルは素直にスコールに寄り掛かった。ゼルの白い手は、普段から体温が高い彼の手とは思えないほどひんやりとして、血の気が失せているようだった。
　ゼルを支えて歩いていたスコールは、直ぐに歩かせるのは無理と判断してゼルを負ぶった。普段なら恥ずかしいし情けないと嫌がるゼルは、素直にスコールに背負われていた。それだけでも相当に具合が悪いのだろうと判る。それに追い討ちをかける様に、肩に回された腕は酷く冷たかった。

　寮の部屋に着くと、スコールはゼルを寝間着に着替えさせた。いつもは整髪料の付いたまま眠るのを嫌がるゼルは、今日はそれどころではない様だった。
　なんとか着替えをさせてもらうと、ゼルはベッドに横になった。
「あんがと」
「一人で平気か？　やはりカドワキ先生を呼んだ方が良いんじゃないか？」
　スコールが顔を覗き込むと、ゼルが閉じていた目を重たそうに開いた。
「大丈夫だって。眠れば治るよ。…おやすみ」
「…おやすみ」
　ゼルに言外に促され、スコールは渋々部屋に戻る事にした。スコールの返事を聞き、ゼルが目を閉じる。長い金色の睫が、青白い肌に影を落とす。スコールは心配そうに目を細め暫くゼルを見ていたが、やがて諦めたように明かりを消し部屋を出た。


　次の日、ゼルは朝食に行かなかった。休日が重なると、ゼルが朝に弱いスコールをたたき起こして朝食に誘うのが当たり前になっていたが、その日はスコールがゼルの部屋を訪ねていた。
「まだ顔色が悪い」
「大丈夫だって。俺腹減った〜」
　ベッドの上で胡座をかき、ゼルが窺うようにスコールを見上げる。スコールは心配そうにゼルの額に手をあてた。熱の無い事を確認し、そのまま淡い金髪を掻きあげる。
「シャワー浴びたい。駄目？」
「…わかった。シャワーを浴びたら食事に行こう。だが、今日の午後に出掛けるのは中止だ。了解？」
「りょーかい」
　窺うようにスコールを見上げていたゼルが、午後の予定をキャンセルされて残念そうに溜め息混じりに頷いた。バスルームに向かうため、ベッドから立ち上がる。
「ごめんな。さんきゅ」
　顔を上げスコールと視線を合わせると、ゼルがにっこりと笑った。出掛けられなくなったのは残念だが、スコールが心配してくれるのは嬉しい。他人に対して関心を示さない、無愛想で不器用なスコールが、過保護なくらいに関心を向けてくれている。甘やかされるのがくすぐったい様な気もしたが、ゼルはやはり嬉しかった。
　ゼルが笑顔を向けると、スコールが微笑を浮べた。他人の好意を素直に感謝するゼルの性質が、自分の不器用さを自覚しているスコールには好ましかった。

　ゼルが仕度を終えるのを待って、ニ人は朝食には遅く昼食には早い中途半端な時間に食堂に向かった。
　ゼルの様子はいつもと変わらず、滅多なことでは体調を崩す事のないゼルでもたまには具合が悪くなる事もあるのだろうとスコールは判断した。
　元気いっぱいに動き回るという印象を持ち過ぎて、些か心配性になり過ぎていたのかもしれない。
　何処に入るんだ、と疑問に思うほどの料理を幸せそうに食べているゼルを眺めながら、スコールはくすりと笑みを浮べた。
「何？」
「いや。…今度の休みは出掛けような」
　不思議そうに首を傾げたゼルは、スコールの言葉に嬉しそうに笑った。


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