奥底に沈めている黒い塊の存在を、僕は知っている。 　自分がどんなに残酷になれるかを、知っている。 　今までは、その必要がなかっただけ。 　虐げられた環境で、稀に起こる不思議な出来事は溜飲を下げ、僕に忍耐を選ばせた。 　その黒い塊が芽吹いた後に起こることを、僕は知らない。 - 黒い種 - 　薄ら笑いと侮蔑をこめた物言いはただ鬱陶しい。何が気に入らないのか、何であっても気に入らないのか、彼はいつもこちらの神経を逆撫でしてくる。 「おや、いつも連れている君の崇拝者に、ついに見捨てられたのかい？」 　人通りの少ない薄暗い廊下で耳に入った聞き慣れたその声は、到底歓迎できるものではなかった。気だるげな声に振り向くと、予想通りの見下すように細められた青い瞳と視線が合った。 　いつまでも進展しない友人二人に気を使い、図書室を離れたのは失敗だったと瞬時に思う。二人に上手くいって欲しいと願っているのも確かだけれど、微かな寂しさを感じている事も否定できない。それは見捨てられるということではないけれど、バランスが崩れるということではあるだろう。それでもと、二人きりにしてきた結果がこれかと、溜息が零れた。 「君の方こそ、見捨てられたみたいだね」 　半ば投げ捨てる様に返された言葉に、彼は微かに眉を顰め、それからまた薄ら笑いを浮かべた。 「別にいつも連れ歩いているわけじゃない。……必要があるときだけ、いればいい」 　そう肩を竦めて答えた彼に、ふと、衝動に駆られた。 　何故その時、僕はそんな行動をとったのだろうか。 　まるで、黒い種が芽吹いた様に……。 　ゆっくりと近付くと、彼は怪訝そうな顔をして僕を見た。大柄な取り巻きがいないことで、やはり警戒していたのかも知れない。 　僕は自分が無意識の内に笑みを浮かべていたことに気が付いた。それはあまり友好的なものではなかったらしい。無意識にか、彼が後退りする。壁に行き当たった彼の白い顔の横に手を伸ばし、壁に寄りかかって彼の耳元に顔を寄せた。 「今は、必要ないのかな？　僕は君が思っているほど忍耐強くないし、優しくもないんだけど……」 　触れるほど近くにいて、彼が息を呑むのが判った。いつもと違う僕の雰囲気に動揺しているのかも知れない。どういう反応をしていいのか判らないらしく、彼は暫く動かなかった。ちらりと顔を覗き見る。白金の睫が、戸惑うように瞬いた。空中を見つめたまま固まった瞳は薄い青だ。香水か何かの香りだろうか。清涼な香りが鼻腔を擽る。 　綺麗な外見をしている事は知っていた。中身にそぐわない、作り物の様に整った容貌。 　とくり、と心臓が鳴った。 　この衝動は、どこから来るのだろう。 　この高揚は、何故なのだろう。 　何故自分は、こんなにもこの状況が楽しいのだろう。 　綺麗な物を壊す様に。 　蝶の羽を毟る様に。 　触れた肌は、奇妙に心地好かった。 next

　

題は新居昭乃さんの曲から。 こういう話がお嫌いな方は見なかったことにして下さいませ（汗）。

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