「何してるの？」 　放課後に一人廊下を歩いていたハリーは、廊下の端でこそこそと会話を交わす双子を見つけ、つい好奇心に負けて声を掛けた。そうしてしまえば巻き込まれるのは経験から判りきっているのだが、話し掛けなくとも居合せてしまえば同じだという事も経験から学んでいる。それならばせめて、事態を把握した方がましというものだろう。 「これはこれはハリー・ポッター」 「ちょうど良いところに」 　現れたハリーの姿を認め、にんまりと双子が笑う。あからさまに何かを企んでいる様子に、ハリーは見なかったことにした方が良かったかも、と本気で思った。しかし、それも今更だ。 「何？」 　怪訝そうな顔をしたハリーに、芝居がかった仕草で双子が頷いた。 「これからスリザリンの姫君がここをお通りになる」 「……姫君って、何？」 「勿論、件の白金の君の事さ」 　件の白金の、と言われて思い浮かぶのは一人だけだ。ハリーはますます怪訝そうに眉間の皺を深くした。 「彼、男だけど？」 「いやいやハリー。彼はスリザリンで一番の美人さんだよ？」 「姫君に相応しい」 「あ、そ」 　疲れを覚え、些か投げやりに答える。そんなハリーの態度に頓着する様子もなく、双子は話を続けた。 「それでだね、姫君が通るのだが、例のお付も一緒な訳だ」 「邪魔だから、姫君だけを連れてきてくれないかい？」 「え？　僕が？」 　期待しているとばかりににこにこと言われて、一瞬思考が止まる。更に勿論とばかりに大きく頷かれ、ハリーは天を仰いだ。 「なあに、君がデートに誘えば一発だ」 　つまり挑発して連れてこいということか、とハリーが肩を落とす。楽しそうな双子には、何を言っても無駄だろう。諦めた様子のハリーを、双子は気の抜ける激励の言葉と共に送り出した。 「何時もお付と一緒だね？」 　偶然通りかかった振りをして、ドラコに声を掛ける。案の定、ドラコが怪訝そうな顔をしてハリーを見た。 　そもそも、ハリーから進んで喧嘩を売るなど不自然過ぎる。その事実を十分心得ていて、でもまあ失敗しても構わないかとハリーは考えていた。双子には悪いけど、と後方にちらりと視線を向ける。 「……あの赤毛は、ウィーズリーか？」 　なにやってんだかと、ハリーは廊下の曲がり角から興味深々にこちらを覗いている双子に肩を落とした。どうやらあちらもこの作戦の成功にはあまり拘っていないらしい。 「あー、うん。そうみたいだね」 　わざとらしい返答に、ドラコが眉根を寄せた。そのまま視線で促され、双子の視界に入らない柱の陰に移動する。 「何を、企んでいる？」 　もっともな質問にハリーが肩を竦めて見せると、ドラコが不快そうに目を細めた。目の前のドラコが、何かを考える様に視線を落とす。 　ああ、なるほど、と思った。なるほど、彼は綺麗な容貌をしている。 　伏せられた長い睫の色は髪と同じ綺麗な白金だ。肌理の細かい肌は透き通るほどに白く、色素の薄い容貌の中で唇だけが鮮やかな色を持っている。通った鼻筋は主張し過ぎることもなく、全体の輪郭は微かに幼さを残したまま綺麗な曲線を描いている。完璧な造作、というものがどのようなものか判ったような気がした。彼の持つ冷たい雰囲気さえも、その秀麗さを助長している。 　ゆっくりと白金の睫が瞬き、長い睫に隠れていた冴えた薄青い瞳が再度ハリーに向けられた。 　人形を思わせる作り物のような容貌に、思い掛けず心臓が跳ねた。 「何を、企んでいる？　ポッター？」 　語尾上がりで丁寧に発音された自分の名前に、ぞくりと肌が粟立った。跳ねる鼓動を誤魔化す様に小さく息を吸い込む。 「秘密。……キスしてくれたら、教えてあげる」 　そう言って、ハリーはくすりと笑って見せた。人に触れられるのをあれだけ嫌うドラコだ。そんなことが出来るはずがない。悪戯心から出た言葉だった。 　硝子細工のような彼に触れてみたいと思ってしまった自分を笑う様に、ハリーが目を細める。からかうような表情を、自分はきちんと作れているだろうか。ドラコから視線を外さずに、ハリーは小さく喉を鳴らした。 　ふと、不快そうだったドラコの顔から、表情が消えた。 　一瞬、何が起きたか判らなかった。 　白い手が視界に入り、胸倉を掴まれた。 　眼前に迫った秀麗な顔に、瞬きする事も忘れていた。 next

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