確かに彼は綺麗だ。そのことを否定する気はない。
　彼が目の前に立つ時は冷笑と見下す態度は不可欠なので、いつものんびりと観察する様な状況ではなかったし、目が合うと碌な事にはならないと、今まで彼をゆっくりと眺めたことなどなかった。
　しかし今、大広間でこっそりと眺めてみると、しみじみとそう思う。そして、一度意識してしまうとその事にばかり気を取られてしまう。
　そんな自分の行動に、ハリーは大きく溜息をついた。
「ハリー？　どうかした？」
　何時までも口に入れるわけでもなく朝食をフォークで突付いていると、ハーマイオニーが怪訝そうな顔で訊ねてきた。顔を上げると、ロンまでもが心配そうにハリーの顔を覗き込んでいる。
「悩み事でもあるの？」
「えっと……」
　どう答えたものかと言葉を濁す。ハリーは咄嗟に辺りを見回し、今朝は双子が離れた場所に座っている事を確認した。楽しげな弾むような声音で交わされた赤面ものの会話は記憶に新しい。出来ることなら、からかいのネタをこれ以上提供したくはない。
「良ければ相談にのるよ？」
　ロンの心配そうな様子に、ハリーは力なく笑みを浮かべた。君の双子の兄をどうにかして欲しい、という相談はどう考えても無意味だろう。
「悩み事じゃなくてさ」
「うん」
　真剣な表情で頷く二人に、深刻な話じゃなくてね、とハリーは笑って見せた。真剣に相談など出来るはずがない。それでも、冗談めかしてなら意見を訊いてみたいと思った。
「ちょっと……綺麗だな、とか思って」
「誰が？」
「マルフォイが」
　跳ねる鼓動を懸命に無視し、顔が紅くならない事を心の中で祈りながら、ハリーは冗談めかして肩を竦めた。
　返って来たのは、一瞬の沈黙。それから思いきり顔を顰めたロンが目に入った。
「ハリー！？　君大丈夫かい？　何か変なものでも……」
「何を今更」
　慌てた様な、今にも医務室に連れて行きそうなロンの声は、あっさりとした声に遮られ途切れた。
「ハーマイオニー！？　君、今何て……」
　困惑気味のロンの声が響く。ハリーは喉元で驚きの声を押し止めた。それからロンがハーマイオニーに問うのを待った。下手に自分で訊ねるより、その方が都合がいい。何せ才媛と名高い友人は察しが良いのだ。
「何を今更、って言ったの」
　些か呆れた様に、ハーマイオニーが肩を竦める。物問いたげに自分を見る二人に、簡単な問題の解き方を教える時の様に小さく息をついた。
「彼が綺麗な外見をしているって事は、女子生徒の間では常識よ。声も綺麗だし、旧家の生まれだけあって仕草とかも優雅で綺麗。離れたとこから眺めるなら、完璧だわ」
　あまりにも当たり前なことを訊ねられた時の様な態度に、ハリーとロンは問うように顔を見合わせた。それからおずおずといった様子で、ロンが口を開く。
「でもさ、あの、マルフォイだよ？」
「だから、容姿の話よ。性格は別の問題。ついでに言うなら、男子生徒の間でも実は割と常識らしいわ。ただしこちらはこっそりと、だけど」
「顔が綺麗って？」
「顔だけじゃなくて、外見がね」
「それってさあ。なんだか……」
　顔を顰めて言葉を濁すロンに、ハーマイオニーが呆れたような顔をした。物分りの悪い子供を相手にしているかの様に、眉根を寄せる。
「だから、性格は抜きにしてだってば。それならロンだって賛成でしょ？」
「そうじゃなくて。……性格は抜きにしてってさあ、同じ学校の生徒なのに性格はどうでもよくて外見だけが問題なわけ？」
　何処か不快そうな様子のロンに、ハーマイオニーが目を見開いた。
「ああ、そういう事か。……確かに、ちょっとあれだわね」
「なんだか絵画とか置き物とか、そういうのの話してるみたいだよ」
　顔を顰めているロンを眺め、ハリーは微かに眉根を寄せた。
　彼の顔が綺麗だと思った。
　それは双子が言った様な感情ではなく、絵画や彫刻を見た時に感じるような、そういう類の感情だったのかもしれない。
「……そうね。でもあの綺麗な外見だって彼の一部だわ。そこから興味を持つとか、そういうのはありじゃない？」
「別にそういうのを否定するわけじゃないよ。たださ、顔が綺麗、外見が綺麗って……」
「中身を見てない？」
「そんなとこ」
「ま、確かにちょっと……失礼よね」
「……そうだね」
　同意を求める様に視線を向けられて、ハリーは小さく頷いた。
「それにさあ、いくら外見が良くっても、あの、マルフォイだよ？　性格最悪じゃないか」
「それはまあ、個人の好みもあるでしょうから。ま、あの外見の良さを相殺して余りあるほど性格は悪いわね。でも、鑑賞するだけなら……」
　個人的にどう思っているかはさて置き、綺麗なものを鑑賞する気持ちは判るらしい。密かに面食いなハーマイオニーの、いかにも女の子な言い様にロンが渋面を作る。それからふと、隣に座るハリーに向き直った。
「でも、何でいきなりそんな事を？」
「え？」
　突然話を振られ、ハリーは驚いてロンを見た。ロンは不思議そうに、ハーマイオニーと二人で返答を待つ様にハリーを見ている。
「ちょっと……。この間話をした時は喧嘩にならなくて……」
　誤魔化す様に言葉を濁したハリーに、ハーマイオニーがなるほどと肩を竦めた。
「中身じゃなくて、外見を眺める機会があったってわけね」
「そういや僕達、何時も中身しか見えないような状況だよね」
「あんなに口が悪いんですもの。外見なんて気にしてられないわ」
「そうだね」
　眉根を寄せたハーマイオニーに頷いて見せ、ハリーが小さく笑う。ロンが何か考える様に視線を上げた。
「考えてみると、僕、冷静に奴を見たことないや」
「僕だって、フレッドとジョージに巻き込まれなかったら見なかったよ」
「また巻き込まれたのかい？　うっわ、お気の毒」
「他人事だと思って……」
　おどけた様に笑うロンを恨みがましく軽く睨む。それから話題は自然と授業の事に移っていった。
　笑い合って会話をしながら、ハリーは密かに二人に自分の感情を悟られなかったことに安堵した。自分でも、その感情が何なのかは良く判らない。しかし、知られない方が良いということだけは判る。
　もしかしたら、自分でも理解しない方が良いのかもしれない。


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