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彼の周りには線があるのだ、とハリーは思った。その境界線の内側には同寮生。その更に内側にある境界線の内側には、クラッブやゴイルが入っている。何故あんな薄のろがと思うが、明らかに彼は彼らが傍にいることを許している。 そして、確実にあの魔法薬学の教師もその境界線の内側にいるのだということに、ハリーは苛立った。彼はあの魔法薬学の教師に対しては格段に態度が違う。触れられる事にすら、頓着していない。出来あがった魔法薬を誉められて肩にスネイプの手が触れた瞬間、彼は微笑んだのだ。 そのことに再び苛立ちを覚え、ハリーは狼狽した。 これではまるで、自分が嫉妬している様ではないか。 無意識の内に指が唇に触れる。自分のその行動に気が付き、ハリーは慌てて手を下ろした。自分でも制御できないまま、顔が熱を持つ。撥ねた鼓動を静めようと、ハリーは大きく息を吸い込んだ。 あの時、嫌悪は全く感じなかった。咄嗟に、柔らかい、と思った。離れていく彼から清涼な香りがして、視界に入った白い肌を、淡い白金の髪を、素直に綺麗だと思った。 鼓動が大きく撥ねた。ハリーは密かに、視線をもう一度ドラコに向けた。視線の先では、ドラコが同寮生に視線を向けている。何かを答えて、それから微かに弧を描いた唇に、ハリーは心がざわめくのを感じた。 「ハリー！ 鍋、鍋っ！」 「……え？」 慌てたようなロンの声に、ハリーは視線を鍋の中に落とした。何時の間にか掻き回す手の止まっていた鍋の中身は、成る筈のない色に変わり大きな気泡を湧き上がらせている。ハリーは諦めたように溜め息をついた。 冷たい声に対しても、見下すような視線に対しても、今までのような純粋な苛立ちや嫌悪を感じることが出来ない。違う感情の方が勝ってしまっている。それは、単に今は違うものに気を取られているというだけなのだろうか。それとも、自分が今まで見えていなかったものに気が付いた、という事なのだろうか。 彼を見ていた為に失敗してしまった鍋の中身を、ハリーは身動ぎもせずに凝視していた。 何処にいてもその姿を無意識のうちに探してしまう。 その事実にハリーは狼狽していた。気になっている、ということは認めるが、それがどんな種類のものなのかは判らない。それについて追求することは、自分にとって危険な事なのでは無いだろうか。 放課後、ロンとハーマイオニーと別れて一人考え事をしながら廊下を歩いていたハリーは、赤毛の二人組の姿を認めて歩み寄った。 「何してるの？」 ふと、この言葉は発端とも言える台詞だとハリーは思った。寸分違わず、双子がにんまりと笑いながら振り返る。静かに、と身振りで示すと、双子が目を細めた。 悪戯っぽい笑みに、ハリーは首を傾げた。何を、と訊く間もなく、双子の楽しげな声が響いた。 「これは失礼を」 姫君、とでも続きそうな声音で、慇懃な謝罪の言葉が紡がれる。 「……手を、放せ」 続いて聞こえてきた声は、聞き慣れた冷たい声。温度の感じられない神経質さを帯びた声は、見下すような響きを持っていた。 「つれないお言葉」 「別に取って食いやしないって」 双子の楽しげな声を聞きながら、ハリーは長身の陰になって見えない人物が見える様にそろりと双子の横に移動した。 双子の片割れに抱き込まれている人物の白金の髪が、黒いローブの間から見え隠れしている。華奢な身体は回された腕にすっぽりと覆われて、双子の陰に隠れてしまっていた。 「にしても細っ。ちゃんと食べてるのかい？」 ドラコを抱き込んでいるフレッドが、回した腕に微かに力を込めた。細さを確かめる様に、指が細い肩をなぞる。フレッドが掴んでいる細く白い手首が、びくりと震えた。 「それに白過ぎ。もう少し日に当たった方が良いよ？」 俯いた状態で晒されている綺麗な曲線を描く白い項に、ジョージが指を伸ばす。つと、その指が肌の上を滑った瞬間、ドラコが抱えていた本が音を立てて石畳の廊下に落ちた。 不自然に訪れた短い沈黙の後、震えるような息を吸い込む音が聞こえた。奇妙に大きく聞こえたその音に、三人は怪訝そうな表情を浮かべた。次いでお互いの顔を見遣る。ハリーが小首を傾げて、俯いたドラコの顔を覗き込んだ。 「マルフォ……」 「僕に触れるなっ！」 悲鳴のような声に、反射的にフレッドの腕の力が弱まる。ふらりとフレッドの腕の中から抜け出すと、ドラコは数歩三人から離れた。開放された右手が口元に添えられる。 「……マルフォイ？ 大丈夫？」 何が起こったのか咄嗟に判断しかねた。数秒を要して我に返ったハリーは、口元を押さえたまま俯いているドラコに恐る恐る近寄った。 目の前のドラコは、常から良いとは言い難い顔色を一層青褪めさせていた。その様子は何時倒れてもおかしくない様に思える。支える様に差し出した手は、触れる前に叩き落された。呆然と立ち竦むハリーに視線を向けることもなく、ドラコが歩き出した。石畳に、靴音が高く響く。 一瞬遅れて、ハリーは廊下に落ちたままになっているドラコが持っていた本を拾い上げると、慌てて後を追った。 next |