水音だけが響いていた。 　目の前のドラコはゆっくりと深い呼吸を繰り返している。ハリーは勢い良く流れる洗面台の水から、青褪めたままのドラコの顔へと視線を移した。 　彼は本当に具合が悪い様だった。演技でもなく、わざとでもなく、本当に吐き気を覚えているのだ。 　忌々しげに唇を噛み、ドラコが右の手首を勢い良く流れる水に当てた。その水が、彼の白い手首を冷やしていく。 　感覚が無くなるのではと思えるほどに手首を水に晒し続け、ドラコはその様子を無表情に眺めていた。 「……あ、あの……医務室に行く？　何か僕に出来ること、ある？」 　所在無さげにドラコと少しの距離を置いて立っていたハリーは、意を決して声を掛けた。それに何の反応も示さないドラコに、無意識に本を抱える腕に力が篭る。 　暫しの沈黙の後、水音が止まった。ハンカチで手から水を拭き取ったドラコが、ゆっくりと振り向く。ハリーは緊張に喉を鳴らした。 　薄青い瞳が、射る様にハリーの顔を見据えた。規則正しい靴音を響かせて、彼が近付いてくる。ゆっくりとした所作で差し出された白い手を、ハリーは呆然と見遣った。一拍を置いて、意図を察したハリーが慌てて本を差し出す。無表情にそれを受け取り、ドラコはハリーの横をゆっくりと通り過ぎた。微かな空気の動きが感じられ、それと共に微かに清涼な香りがハリーの元に届く。困惑したまま固まっているハリーの目の前を、白金と黒が流れた。 　少しの距離を歩いて、ふと、ドラコが歩みを止めた。 　射抜くような冷たい瞳が、呆然と後姿を見送っていたハリーに再び向けられる。顔色と同じ様に色を失った唇が、ゆっくりと動いた。 「……双子に、二度と僕に近付くなと伝えておけ」 　澄んだ声が低く冷たく響き、耳に残るそれに被さる様に規則正しい靴音が再び耳に入る。 　ハリーは無意識のうちに止めていた息を大きく吐き出した。 next

　

英国では手を拭くのにハンカチは使わないという話を目にしたことがありますが、その辺の感覚は日本人の感覚でお願いします。 この後も、ハンカチの使用法は日本人の感覚で（笑）。 あちらの方は、鼻をかむのにハンカチを使うのだとか…（本当かどうかは知らない）。それでは手を拭くのには使えませんな（汗）。

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