「ハリー。どうかしたの？」
　人の少ない談話室のソファーでぼんやりとしていたハリーは、掛けられた声に顔を上げた。
「え？　ううん、何もないよ。ちょっと考え事」
「そう？　暇なら一緒に課題のレポートをしない？　夕食まで未だ間があるわ」
　そう誘うハーマイオニーの腕には、魔法薬学の本が数冊抱えられていた。課題の提出日まで未だ二週間もあるというのに、彼女らしい。まあ、早めにやっておくのも良いかもしれない、と小さく笑って本からハーマイオニーに視線を戻そうとしたハリーは、視界に入った赤毛に目を止めた。
「ちょっと待って……。フレッド、ジョージ」
　ハリーが名前を呼ぶと、双子がハリーに気が付き近付いてきた。話があることが判っているのか、何も言わずにハリーの向かいのソファーに腰を下ろす。興味を覚えたのか、ハーマイオニーもハリーの隣に腰を下ろした。
「謝っておいたよ」
「で、どうだった？」
「姫君のご機嫌は」
　少々ばつが悪そうに、双子がハリーの顔を見る。その様子を眺め、ハーマイオニーが怪訝そうに首を傾げた。その顔は、また何かやったの、と問いたげだ。
「最悪」
　ハリーが小さく溜息をつくと、双子もつられた様に溜息をついた。
「……悪気はなかったんだよ」
「まさか、あんなに嫌がってるとは思わなかったんだ」
　ハーマイオニーの視線の温度が段々と下がっていく様子に、双子が弁解がましく言った。
「あなた達、今度は何をやったの？」
「今度は、なんて人聞きの悪い……」
　茶化す様に口を開いたジョージは、ハーマイオニーの冷たい視線に口を閉じた。
「ちょっと、ね……。ね、ハーマイオニー。人に触れられるのって、そんなに嫌なものかなあ」
「人にもよると思うけど……。だって、ハリーは特別嫌じゃないでしょ？」
「うん。相手にもよるだろうけど、誰であれ吐くほどじゃないと思う」
　ハリーの言葉に、ハーマイオニーが目を見開いた。
「吐いたの？」
「吐きそうになってた」
「誰が？」
「……マルフォイ」
　その返答に、ハーマイオニーが困惑気味に三人の顔を見た。演技だったのでは、と一瞬思ったが、そうではないことは三人の様子を見れば判る。
「差別意識だとか、そういうのだと思ってたんだよ」
　困惑気味なフレッドの言葉に、ハーマイオニーが頷いた。考える様に指を唇に添える。
「私もてっきり……有色人種に触られるのが嫌いとかと同じ様な、差別意識の類だとばかり……」
　だから呆れてたんだけど、と顔を見合わせる四人の考えは同じようだった。
「……二人とも、悪戯にちょっかい出すのは止めた方が良いと思うわ」
「判ってる。暫くはなるべく近付かない様に気を付けるよ」
　肩を竦めてそう言うと、双子は立ち上がり談話室から出ていった。
　その様子を見送り、二人は再び顔を見合わせた。問い掛けるような顔のハリーに、ハーマイオニーが眉を寄せる。
「嫌悪症とか、そんな感じなんじゃないかしら。ほら、電車で痴漢にあったりすると、って聞いたことない？　……まあ、これは女の人の話だけど」
「ああ……。でも彼、箱入りっぽいけど？」
　他人を不快にすることはあっても、その逆はなさそうだ。ハリーが首を傾げると、ハーマイオニーが肩を竦めた。
「まあ、そうね。……気になるの？」
「うん、まあ。……一緒にいたけど止めなかったし」
　そう言って眉を寄せたハリーを、ハーマイオニーが困った様に見た。
「あのね、ハリー。そういうのって、本人がどうにかしたいって思ってたとしても、なかなかどうにもならないものらしいわ。だから、積極的に働きかけるのは良くないと思うの。長い目でみないといけない様な類のものでしょ？　だから……」
「荒療治とかそういうこと考えてるわけじゃないよ。ただちょっと責任感じてるだけ。……それに特別親しいって訳でもないし。寧ろその逆だしね。何もしないのが一番じゃない？」
　ハリーがそう言って肩を竦めると、ハーマイオニーが安堵した様に息をついた。どうやら無茶をすると認識されていて、信用があまりないらしい。
「時間なくなっちゃったわ。ロンを誘って夕食に行かない？」
「うん。そうだね」
　にっこり笑って頷きを返し、ハリーはソファーから立ち上がった。
　これ以上、何もしないのが一番だろう。彼に関わらず、持て余すこの感情の正体も追求しない。彼の纏う、張り詰めた冴えた空気にも気が付かなかった振りをして、このまま……。
　頭では理解している。しかし、感情はどうだろう……？
　ハリーは何かを振り払う様に小さく頭を振ると、ハーマイオニーに続いて談話室を後にした。


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