一週間ほどハリーを視界に入れなくなって、ドラコは常に苛立ちを覚えていた。視界に入れないということは、常に意識しているということだ。それに思い至ると、今度は今まで視界に入れていたことの意味も気になってしまう。自分がハリーを気に掛けているという事実が、ドラコには屈辱だった。目障りだと思っているからだと自分に言い訳してみるが、やはり苛々は治まらなかった。 　休日を図書室で過したドラコは、寮に向かって廊下を歩いていた。差し迫ったレポートがあるわけでも、試験が近いわけでもないので、クラッブとゴイルとは行動を共にしてはいない。二人が図書室に行くよりも、寮でお菓子に囲まれている方を選ぶのは何時ものことだ。ドラコとしても二人の楽しみを必要もなく邪魔したいとは思っていないので、一人でいることに特に頓着してはいなかった。 　しかし、目の前から歩いてきた人物が自分の名前を呼んだことで、ドラコは二人を連れてこなかったことを僅かに後悔した。 「マルフォイ。ちょっと、良い？」 　進行方向を塞ぎ、にこやかに声を掛けてきたハリーに、ドラコは冷ややかな視線を向けた。 「君の用に付き合わなくてはいけない謂れはないし、その時間を割く気もない」 　抑揚のない声で言い放ち、ドラコがハリーの脇を通り過ぎようとする。それを正面に回りこんで阻止すると、ハリーがにっこりと笑った。 「そう言わずに。僕は、君と、話がしたい」 　頭に血が上るとはこのことか。ドラコは苛立ちが一気に膨れ上がるのを感じた。 「英雄殿は、僕と利く口など持ち合わせていなかったと記憶しているけどね。……退け」 「嫌。僕は、君と話をしたいから声を掛けたんだ。利く口を持ち合わせてなかったらそんなことしないよ」 　苛々に、ドラコが唇を噛んだ。気を落ちつけるために、目を閉じてゆっくりと息を吸い込む。目を開けたドラコの視界に入ったのは、ハリーが自分の顔を鑑賞する様に眺めている様子だった。 「ね、少しだけ。良いでしょ？」 　親しげに発せられた言葉に、感情が押さえきれないほどに高ぶった。目の前で笑うハリーの胸倉を掴み、壁に向かって強く押す。突然の行動に、ハリーは身構えることも出来ずしたたか壁に背を打った。 「英雄殿は、そんなにこの顔がお気に召したのかい？　それとも、何時ぞやのキスがかい？　残念だが、今日はそんな気分じゃないんだ。他の誰かを当たれば良い。英雄殿なら誰でも簡単だろう？」 　口の端を上げて、皮肉げに笑って見せる。しかし、見下すような視線にも、ハリーが怒りを見せることはなかった。 　短い沈黙が、ドラコを僅かに冷静にさせた。衝動に駆られて感情的になるなど、見苦しい。 　胸倉から手を離し、ドラコはハリーから一歩離れた。 「……今更」 「待って！」 　小さく呟いて踵を返したドラコの手を、ハリーが咄嗟に掴んだ。弾かれた様にドラコが振り返る。その様子に、ハリーは慌てて手を離した。 「ご、ごめんっ」 　怒りを懸命に押し込めて、ドラコはハリーに視線を向けた。怒りのあまり、表情が消え去っていた。目の前で、視線を合わせたハリーがゆっくりと息をついた。 「確かに、君の顔がお気に召したよ。……キスもね。そこから興味を持つのは駄目なのかい？　友好的に話をしたいっていうのも？」 　開き直ったようなハリーの態度に、ドラコが皮肉げに目を細めた。 「随分と、俗なことを……」 「え？」 「顔が気に入った？　そんなもの、薄皮一枚の差だろう？　形作っている元のものは大差ないさ。骨と皮と肉と……。人の価値観を全て否定しておいて、今更……そんなもので……」 「マルフォイ？」 「持って生まれたものも考えも、全部を否定したくせにっ。そんなものに価値はないと！　何時だって君は……。それなのに、今更っ……」 　感情の高ぶりに、気が付くと声を荒げていた。伸ばされたハリーの手を叩き落す。踵を返したドラコの手首を、再度ハリーが掴んだ。 「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。……ただ、チャンスが欲しいと」 　狼狽したような声が聞こえた。ドラコは顔を上げなかった。今度は、ハリーは慌てて手を離すことはしなかった。ドラコはその手を振り払うことも出来ずに、感情の高ぶりを押さえる為にゆっくりと呼吸をした。 「君のことを、もっと知りたいと思ったんだ。思い込みじゃなくて、本当の君を。僕の言い方が悪かった。ごめんね。……だから、泣かないで」 「……な……て、ない」 「うん。ごめん。君が落ちついたら、もう一度話をしよう？　返事はその時に訊くから。ね？」 　宥めるような優しい声が耳元で聞こえた。ドラコはハンカチを持ったハリーの手が伸びてきても、微動だにしなかった。 　涙を拭き取ったハンカチが手の上に置かれる。無意識の内に、ドラコはそれを握り締めていた。 next

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