落ち着き無くソファーに座り、ハリーは先程から十秒に一回というような忙しなさで顔を上げては出入り口を確認していた。
　ハリーの顔が微かに紅いのは、出掛けの出来事の所為だ。一時に約束があるからと、友人二人の誘いを断って談話室を出ようとしたところに、ちょうど双子が通り掛ったのがハリーの不運だった。デートかい、とからかう様に口笛を吹いた二人に、ハリーは真っ赤になってそんなんじゃないと答えたが、きっと談話室にいた人間はハリーがデートに行ったと思ったことだろう。下手をすると、双子の悪戯でその話が曲解されて広まっているかもしれない。
「……相手は男だって」
　溜息混じりに呟いて、ハリーは益々顔が紅くなるのを自覚した。約束をして、隠し部屋でこっそり会って話をする。考えてみると、少し奇妙な行動かもしれない。相手が女の子であれば、逢引とでもいうのだろうか。
　思考を遮るように入り口の開く音が耳に入り、ハリーは慌てて顔を上げた。白金の髪が覗き、しなやかな動きでドラコが室内に入ってくる。室内を覗き込んだドラコが、ソファーに座る自分を見て安堵する様に微かに笑った様な気がしたのは気のせいだろうか。
「やあ」
　ハリーはドラコを見上げてにっこりと笑って見せた。
　ドラコはそれに対して小さく頷き、ハリーが指し示すままにソファーに腰を下ろした。緩慢な動作で腰を下ろし寛ぐドラコを、ハリーは密かに観察する様に覗き見た。唇を湿らせて、緊張に喉を鳴らす。ハリーが隣に座るドラコに向き直ると、ドラコもハリーに視線を向けた。
「あの、さ。訊いてもいい？」
　何だ、と問う様にドラコが首を傾げる。ハリーは再度唇を湿らせた。
「この前、僕、君の嫌な何を言ってしまったの？　もう一度同じ事をしてしまいたくないから、出来れば教えて欲しい」
　傷付けたくないから、と言うのは憚られた。その捉え方を、彼は好まないような気がする。
　ドラコは虚を突かれた様に一瞬目を見開いて、それから逡巡する様に目を伏せた。ハリーは彼が口を開くまで、暫く黙って待った。彼は迷っているように見える。もしかしたら、自分に話しても良いと考えているのかも知れない。
「……綺麗な肌……と言われて、嫌な事を思い出した」
「嫌なこと？」
「……昔の話だ」
　なんでもない事だと、その口調が示していた。ハリーは追及しても良いものか迷った。はっきり話さないという事は、言いたくないということだろう。そして、何でもない様な口調は、そうではないことを示している。
「……君の髪、綺麗な色だな、とか思ってるんだけど……もしかしてそういうのも嫌？」
「……別に。君に言われたからといってどうということはない」
　言って、横を向いてしまったドラコの顔が微かに紅い。ハリーは自分の発言が彼を不快にした直接の原因ではなかった事に安堵した。少なくとも、ハリーが誉めるのは嫌ではないらしい。
「……なんだ？」
「何が？」
「顔が笑っている。何が可笑しい？」
　言葉と共に、ドラコの手が伸びてきた。細い指がハリーの両頬を容赦なく引っ張る。ハリーの顔を覗き込む、何処となく拗ねたような表情が幼い。
「可笑しくないよ。ただ、可愛いなって思っただけ」
「可愛いという形容は男には使わない」
「人によりけり」
　ハリーがくすりと笑うと、頬に添えられていた白い指が再度頬を引っ張った。
「締りがない顔」
「締りがない顔、嫌い？」
「……別に」
　頬を引っ張る手をそのままにハリーが訊ねると、ドラコが目を伏せて呟いた。どうやらハリーの顔は嫌いではないらしい。無意識の内に顔が綻ぶ。ドラコに不用意に触れないように気を付けているハリーは、頬に添えられた手を外そうとは思わなかった。冷たい手に頬の温もりが伝わる。
　ふと、細い指が頬の上を滑った。何かを考え込む様に目の前のドラコが顔を上げ、ハリーの顔を眺めていた。
「……なにしてるの？」
「実験」
「……結果は？」
　何の、という言葉を飲み込んで、目を細める。きっと彼は、何かを確かめている。先程の、言いたくない事に関係した何かを。
「……よく、判らない」
　呟きと共に、冷たい指が離れていった。


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