ハリーと話をするのは嫌いではない、とドラコは思っている。以前はハリーのことを腹立たしく思っていた。名前だけは有名だが、その中身は大した事はない。成績も大した事はないし、素行に至っては誉められたものではない。クィディッチの腕だけは、確かにドラコも認めてはいる。しかし、ハリーのことは気に入らなかった。視界に入ると、それだけで苛々した。 　―――だって彼は、僕の手を取らなかった。 　自然とそう考えて、ドラコは眉根を寄せた。もしかして自分は、手を取って欲しかったのだろうか。もし彼があの手を取っていたら、自分はどう思ったのだろう。そして、何故手を取って欲しいと思ったのだろう。 　始めに手を差し出したのは、彼がハリー・ポッターだからだった。魔法界で知らないものはいない、生き残った男の子。だから迷うことなく手を差し出した。洋装店で初めてハリーに会った時、何かを変えられるかもしれないという漠然とした思いがあった。そしてそれは、その彼がハリー・ポッターであると知って確信に変わった。彼がハリー・ポッターだとすれば、自分の勘はきっと正しい。だから手を差し出す事に迷いはなかった。そこにあったのは、漠然とした期待だったのではないだろうか。 　―――だって彼は、始めて自分から話をしたいと思った相手なのだから。 　ハリーと話をするのは嫌いではない。確かめたくて触れると、彼は何時も何でもない事のように笑う。ハリーの持つ空気が心地良い。彼に触れても、自分は嫌悪を感じない。 　この感情は、何なのだろう……？ 「お待たせ」 　入り口が開くと同時に掛けられた声に、ドラコは顔を上げた。お茶にしようか。ちょっと待ってて、と言い残してハリーが部屋を出ていってから、十分ほど経っている。質問する間もなく出ていったハリーは、大きめの籠を手にしていた。小さなテーブルをソファーの前に移動し、ハリーがピクニックにでも来たかのように、楽しそうに中身を並べ始めた。 　何らかの魔法がかかっているのだろうか。零れることもなく籠の中に入っていたティーポットを取りだし、カップにお茶を入れて、ハリーがドラコに差し出した。 「あ、ありが……とう……」 　カップを受け取り呟く様に礼を言うと、ハリーがにっこりと笑った。つられる様に微かに笑って、ドラコは紅茶に口を付けた。 　ハリーが笑うとほっとする。まるで、ここまでは大丈夫と示されている様だ。 　ドラコはこっそりとハリーを覗き見た。何時でも彼は自分に対して嫌悪を露にしていた。それがなくなると、今度はどうして良いか判らなくなる。皮肉や嫌味で武装していたときには言葉が容易く出たのに、好意的な態度に出られるとどうして良いのか判らなくなる。 　もしかしたら、彼はまた自分に対して眉を顰めるかもしれない。自分の言動に、嫌悪を示すかもしれない。 　―――僕は、彼に嫌われたくない。 　辿りついた結論に、ドラコは目を伏せた。耳の奥で、心臓の鼓動が煩いくらいに響く。自分は何かをやってしまっただろうか。確かめることに気を取られて、彼がどう思うかを考えなかった。 　緊張に喉を鳴らし恐る恐る顔を上げてみると、目が合ったハリーはやはりにっこりと笑った。 「あのさ、来週も会える？　その次も」 　ドラコが意図を訊ねる様に微かに首を傾げると、ハリーが言葉を続けた。 「僕はこういう風に、君ともっと話をしたいと思ってる。だから、毎週会えないかな？　ここで」 「……毎週？」 「うん。……駄目、かな」 　窺う様にドラコを見るハリーの弱気な様子に、ドラコは気が付くと首を振っていた。不安そうだったハリーの顔が途端に明るくなる。 「いいの？」 「……構わない」 　呟く様に答える。ドラコは鼓動が跳ねるのを自覚していた。これで、理由が無くとも普通に話が出来る。そのことが、嬉しかった。 　そこにあるものは、好意だと思ってもいいのだろうか？ 　見上げた先で、ハリーが笑ってお茶を進めてきた。持ってきたスコーンが美味しいだとかいう話を聞きながら、ドラコは無意識の内に笑みを浮かべていた。 　穏やかに会話が出来ることが嬉しい。彼と一緒にいることが嬉しい。彼が自分を見ていることが、嬉しい。 　―――この感情は、何なのだろう……？ next

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