伝わる鼓動が心地良かった。触れる温もりが、心地良い。 　確かに、触れるということは不快ではない。しかし、触れている相手がハリーでなくともそう思えるかどうかは、ドラコには判らなかった。 　身体に回されたハリーの腕は、ドラコが身動ぎすれば簡単に外れるように軽く添えられている。先程からハリーは身動ぎ一つしない。激しく鼓動していた彼の心臓は、ドラコが身体の力を抜くのと合わせて段々とゆっくりになっていき、今は規則正しい音を伝えている。 　心地良さに浸る様に、ドラコはハリーに寄り掛かり目を閉じていた。手放すのが惜しいほどの安堵感がある。 　どのくらいそうしていたのだろうか。ドラコはふとハリーはどうしているのかと顔を上げた。身動ぎしたことで、ハリーの腕が離れていく。そのことに名残惜しさを覚えて、ドラコは戸惑う様にハリーを見上げた。 　見上げた先で、何時もの様にハリーが安堵させる様な笑顔を浮かべた。 「……実験の……結果は？」 　言葉が見つからないまま、ドラコは誤魔化す様にそう口にした。今更ながら、延々と安心しきった様に寄り掛かっていたことが恥ずかしい。 「嬉しかった」 　その返答にドラコが問い返す様に首を傾げると、ハリーが言葉を続けた。 「嫌がられなかった事が嬉しかった。さっきのマルフォイの実験も、僕は嫌じゃなかったよ。……相手が君だから。他の人だったら、嫌だったと思うけど」 「……僕……だから？」 「うん。好きな人に触れられるのは嫌じゃない。嬉しいよ」 　ぼんやりとハリーを見上げて、ドラコは一気に白い肌を真っ赤に染めた。意味を問い返そうと口を開いたが、言葉は出てこなかった。いくらドラコでも、今言われた好きという言葉の意味を取り違えるほど鈍くはない。困惑に、目を伏せる。 「困らせるつもりじゃなかったんだけど……。でも、覚えておいて。僕は君が好き。……君は僕のことが嫌い？」 　微かに不安そうな声が聞こえ、ドラコは慌てて首を否定の形に振った。直ぐに安堵するような明るい声が頭上から降ってくる。ドラコはやはり顔を上げられなかった。 「良かった。それなら好きになってくれる可能性もあるってことだよね？」 　肯定も否定も、どちらも示すことが出来ない。ドラコは益々顔の熱が高まるのを感じた。 　ハリーのことは嫌いではない。ハリーに嫌われたくないとも思っている。しかし、それならば好きなのかと問われても、ドラコにはよく判らなかった。ハリーと一緒にいると安心する。触れられるのは嫌ではない。それは好きだということなのだろうか。 　―――好き、と答えたとしたら、何かが変わるのだろうか……？ 　跳ねる鼓動が耳の奥に煩く響いて、思考が上手く纏まらない。顔も上げられないドラコの耳に、救いの手のような六時を告げる鐘の音が聞こえた。 「……もう夕食の時間だね」 　何処か名残惜しそうな声音でハリーがそう呟く。ドラコは目を伏せたまま立ち上がった。まともにハリーの顔を見ることが出来ない。 「もう、行く」 　漸く聞こえるほどの微かな声でドラコがそう言うと、ハリーがゆっくりと頷いた。 「うん。また今度」 　ハリーの言葉に頷きを返し、顔を上げないまま部屋を出る。 「忘れないで。僕は、君が好きだよ」 　部屋から一歩足を踏み出したドラコの耳に、ハリーの声が聞こえた。身体がびくりと震える。 　―――応えてしまったら、何かが変わってしまうのだろうか……？ 　ドラコは振り向かずに、そのまま廊下を歩き出した。 　耳の奥に、ハリーの声が残っていた。 　ドラコは予習の為に教科書に伸ばした手を、ふと抽斗へと向けた。開けた抽斗には、結局捨てられなかった判創膏が入っている。最近はそれを使うようなことにもなっていない。 　ドラコは暫く判創膏を眺めていたが、やがて小さく息をつくと抽斗を閉じた。 　好きと言われたことは、きっと嬉しいのだと思う。ただ、関係の変化に戸惑いもある。 　―――彼は僕をずっと嫌っていた。 　以前のことを考えると、泣きたくなるような気分になる。 　ドラコのことをもっとよく知りたい、と彼は言ったが、知ってまた嫌いになることもあるのではないだろうか。以前のような関係になる事も有り得る。 　そうなるくらいなら、今のままの方が良い。しかし、ハリーの言葉をなかったことには出来ない。果たして自分は彼のことが好きなのだろうか。好きと答えたとしたら、どうなるのだろうか。 　ハリーと別れてから、ドラコはそのことばかりに気を取られていた。食事の間もその考えが頭から離れず、ドラコは何を食べたのかも思い出せないくらい考え事に没頭していた。考えれば考えるほど、判らなくなってくる。 　―――どうすれば良いのだろう……。 　困惑に表情を曇らせ、ドラコは静かに目を伏せた。 next

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