廊下の一角で立ち止まり、ドラコは眠気を払う様に小さく首を振った。それから左右を確認し、人気がないことを確認する。その場所が普段から人気がない事は判っているが、その部屋の存在は誰にも知られたくなかった。 　廊下の模様に紛れている細工に触れ、ドラコは隠し部屋の入り口を開けた。何時もは日曜日しかそこを訪れることはない。何時も自分が約束の時間に訪れるとハリーは既にいて、ソファに座り笑ってドラコを迎え入れる。今日は月曜日なのだから当たり前の事だというのに、ドラコは誰もいない室内に何処か淋しさを覚えていた。室内は廊下よりも寒く、何処か冷たい感じがする。 　ドラコは入り口を閉じると、ソファに腰を下ろした。目を閉じると、途端に睡魔に襲われる。昨夜はハリーの言葉が気になってなかなか眠れなかった。いくら考えても答えが出ない。 　―――どうすれば良いのだろう。 　ドラコはソファに凭れ、ゆっくりと眠りに落ちていった。 　目が覚めて、ドラコはゆっくりと瞬きした。掛けられている黒いローブが目に入り、クラッブかゴイルが掛けてくれたのだろうかとぼんやりと考える。 　ここは隠し部屋なのだから、そんなことは有り得ない。漸くその事実に気が付き、ドラコは一気に覚醒した。 　慌てて起き上がり、それから人の気配に気が付いてびくりと身を竦ませた。 「こんなとこで寝てると、風邪引いちゃうよ？」 「……ポッター？」 「うん」 　思ったよりも眠り込んでいたらしい。既に薄暗くなっている室内で、目を凝らすと隣に座ったハリーが笑ったのが見えた。何時ものように制服を着崩しているハリーは、今はローブを着ていない。ではこれは彼のローブかと、ドラコは肩から落ちかけたローブを口元まで引き上げた。 「眠れなかったの？　もしかして、悩ませちゃった？」 「……そう言うわけじゃ……」 　ない、とは言い切れずに言葉を濁すと、ハリーが顔を覗き込んで来る。ドラコは目を伏せたまま、口を噤んだ。 「急いで答えを出さなくてもいいんだ。……僕は伝えたかっただけだから。何時か、返事をくれる？」 　柔らかな声に顔を上げると、ハリーはいつも通りの笑顔を浮かべていた。ドラコは小さく頷いた。ハリーの気遣いが嬉しくもあり、何処か居た堪れない。 「……あのさ、名前で呼んじゃ駄目かな？」 「え？」 「それも駄目？」 　申し訳なさを覚えていたドラコは、不安そうな顔をしたハリーに慌てて首を振った。 「ありがとう。じゃあ、これからはドラコって呼ぶね。あと、僕のこともハリーでいいから」 　ハリーがにっこりと笑う。ドラコはつられた様に笑みを零した。 　好きな人、と言われてまず思う浮かべるのは両親だ。それからスネイプも尊敬しているし、好意を持っているといっていいだろう。 　ではハリーに対してはどうかと考えると、両親やスネイプに対して抱く感情とは違うと思う。ドラコはその感情をどう捉えて良いのかが判らなかった。 　ハリーの意に沿う様に行動しようとは思わないが、軽蔑されたくはないと思う。ハリーと一緒にいる時には、常に緊張するということもない。嫌われたくないと思うところは同じでも、両親に対する感情とは違う様な気がする。 　理解できない感情が、ドラコにその位置から動くことを戸惑わせた。遠ざかりたいとは思わない。しかし、近付くことは、怖い。 　例えば主導権を握っているのが自分であれば。近付く事も遠ざかる事も、距離を決めるのが自分であれば、人と関わる事を怖くはないと言い聞かせる事が出来たかもしれない。でも自分は、彼とは対等でありたいのだ。 「もう直ぐ夕食だよ」 　言われて我に返り、ドラコは漸くソファから立ち上がった。ローブを差し出しながら、ハリーの顔を眺める。 「……これ……ありがとう」 「どういたしまして」 　笑って受け取るハリーに微かに笑顔を返し、ドラコは目を伏せた。 　―――壊れるくらいなら、このままの方が良い。 　逃げるようなその考えは気に入らない。しかし、ドラコはどうすれば良いのか判らなかった。どうすれば答えが出るのかも、判らない。 「大丈夫」 　突然掛けられた声に顔を上げると、ハリーが微笑を浮かべて自分を見ていた。良いかと訊ねるように首が傾げられ、ゆっくりと抱き寄せられる。やんわりと腕に収められ、宥める様に背を軽く叩かれた。 「大丈夫だから」 　耳元で優しい声がした。見上げた先で、ハリーが笑みを浮かべる。ドラコはつられた様に微笑を浮かべた。 「行こっか」 　笑みを浮かべたままのハリーに促され、ドラコはその部屋を出た。 　居た堪れないような気分や焦りが、少しだけ軽くなった様な気がした。 next

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