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三日経っても、ドラコはどうして良いのか見当も付かなかった。目が合うたびにこっそりと笑みを返すハリーを見ていると、益々居た堪れなくなる。苛立つわけでもなく嫌なわけでもない。ただ焦りだけが募る。そんな中で訪れた厄介事に、ドラコは小さく舌打ちした。 話がある、と言った上級生の名前に覚えはなかった。大広間に向かう廊下で、人通りの多さに辟易していたドラコは不快に眉を顰めた。考え事に気を取られすぎて、隙があったのかもしれない。その日はゴイルとクラッブとは一緒ではなかった。こんなことなら図書室になど寄るのではなかった、とドラコは僅かに後悔した。聞こえなかった様に足を止めず大広間に入るとその上級生が後を追ってきた。正面に回り込まれ歩みを止めざるを得なくなったドラコは、忌々しげに息をついた。 「夕食が終わってから、時間が取れないか？」 「……用事がありますので」 一瞥して言うと、上級生が眉を顰めたのが見えた。明日でも、と尚も言い募る相手に、ドラコは苛立ちを覚えた。断りを何時までも受け入れないしつこさが気に障る。その上、大広間の入り口付近で立ち止まっている為に、ちらちらと視線を向けてくる生徒がいる。同寮生や、他寮生であっても下級生であれば円満な遣り取りをと考えるが、相手は名前も知らない他寮の上級生だ。席に着いている生徒の視線まで集まってきたことを感じ、ドラコの苛立ちが更に募った。 「……失礼」 苛立ちを隠しもせずに冷たい一瞥をくれると、ドラコはその上級生の横を通り抜けた。瞬間、手首に纏わりついた生温かい感触に、ドラコの顔から表情が消えた。 「待ちたまえ」 「……手を、離せ」 抑揚のないドラコの声に、手首を掴む力が増した。ドラコが掴まれた手首に視線を落とし、もう一度温度の感じられない視線を向けると、その上級生が眉を顰めた。 「その態度は失礼だとは思わないのか？」 「……手を、離せと言っている」 「僕の話は聞く価値がないと？ 君は誰に対してもいつもそんな態度だが、それが相手を余計に不快にさせていると思わないのか？ 君は……」 手首から伝わる温度が、酷く気持ちが悪い。視線を床に落とし、ドラコは苛立たしげに唇を噛んだ。 血管の脈打つ音が、耳の奥で奇妙に煩く響いている。目の前の人物は未だ何かを話している様だったが、ドラコの耳にはそれは言葉としては入らなかった。辺りの動きが、奇妙に遅く感じられる。 手首に伝わる熱がそこから這い上がってくるような感覚に、ドラコは一歩後退りした。しかし、微かに身を引いただけで、強い力にその場に止められる。 辺りの喧騒も、目の前に立つ人物の不快な声も、何処か遠くに感じられた。言葉ではなく、耳障りな音にしか聞こえない。離せ、と怒鳴ろうにも、立っているのだけで精一杯だった。酷く、気分が悪い。気を抜くと、そのまま倒れてしまいそうだ。しかし、醜態を晒すわけにはいかない。 酷く時間の流れが遅いような気がした。何時間も経ったような気がする。 ―――教授陣がくれば、この茶番も終わるだろう。 ドラコは込み上げる吐き気を無理やり押さえ込んだ。 「放して！ 早く！」 突然耳に入った声は、言葉に聞こえた。 引き寄せられるままに凭れ掛かり、ドラコは目を閉じて目の前の肩に顔を埋めた。 「大丈夫、ゆっくり呼吸して。息を吐くんだ。ゆっくり息を吐いて、そしたらちゃんと吸い込めるからね」 耳元で柔らかい声がした。言われた通りに、ゆっくりと呼吸を繰り返す。覚えのある匂いに安堵感を覚え、ドラコは左手で自分のものではない黒いローブを掴んだ。 「大丈夫」 あやす様に背を撫ぜられる。冷たく感覚のなくなっていた指先に、血の気が戻るのが判った。指先の震えが漸く治まる。 耳の奥で煩いほどに響いていた血管の脈打つ音が静まり、漸く周りの音が判別できる様になっていく。ドラコは安堵に息をついた。 next |