明日連れて来ると言われたのは、ウィーズリー家で暮らし始めて二週間程経った頃だった。ウィーズリー夫人は毎日忙しそうにしていて、彼のことについてそれまでゆっくり話しをする暇はなかった。敢えて話さなかった、とも言えるかもしれない。僕は、極力彼には関わりたくなかったので。 　結局僕は推薦人になっていた。それは決して彼の為ではなく、ウィーズリー夫人の親切に対する感謝の表れとして、だ。彼のことなど僕はどうでも良かった。寧ろ厳罰に処されたとしても、意にも介さなかっただろう。関わりたくはなかったが、彼女に頼まれれば断れない。 　腕時計に目を向けて、僕は嘆息を漏らした。時計の針は一時を示している。聞いていた時間も、一時だ。 　扉の外で話し声が聞こえ、僕は顔を上げた。視線の先の扉が開く。 　夫人に促されて入ってきた彼は、不安そうに室内を見渡した。 「お帰りなさい」 　言って立ち上がり、荷物を受け取る。目の前に立った僕を、彼が見上げた。子供は皆家を離れたとでも聞かされていたのだろうか。どういうわけだか、彼が僕を見て不思議そうに首を傾げた。僕が一瞥をくれると、彼は途端に怯えた様に微かに身体を引いた。それを無視し、夫人に視線を戻す。 「何処に置けば？」 「二階のお部屋にお願い」 　頷きを返し、僕はスーツケース一つを手に、夫人が彼の為に用意していた二階に向かった。 　彼が怯えを見せた瞬間、僕は満足すると同時に、一瞬自分が少し大人気なかっただろうかと思ってしまった。 　目に映った、細い肩。身長は僕の胸にも届かない。全体にほっそりとしていて、色素が薄い。見上げてきた目も色が薄く、そこにあったのは、戸惑いと怯えだった。 　ホグワーツに入るより前は、自分もあんなに小さく、頼りなかっただろうか？ 　そう考えて、僕はその考えを振り払うように頭を振った。 　今の彼とその頃の僕とでは、状況が違いすぎる。彼に戸惑いがないわけがない。 　有害だと判断された記憶の抹消と、必要と判断された歳月のやり直し。 　それは、未成年の罪人に、親による強制があったと判断された場合施される処置だ。彼は、法の名の下に両親の存在を奪われ、八年間を削除されたのだ。 　新しい保護者の元で、彼は最低三年間杖を与えられずに過ごす。更生が上手く行っていると判断されれば、杖を返され、再度学校に通うことも許可されるらしい。もっとも、彼の場合は卒業に必要な単位は取得してあるので、杖とともに知識が返されれば卒業も認められるのかもしれない。 　荷物を置いて一階に下りると、彼は三人掛けのソファーの端に座っていた。目の前に置かれた紅茶に手をつけた様子はなく、行儀よく座ったまま身体を硬くしている。僕は勢いよくソファーに腰掛けた。その振動で彼がびくりと震える。その様子に、僕は忍び笑いを零した。彼は酷く大人しく、怯えている。 　彼が、あの、ドラコ・マルフォイだなんて。 　手作りのクッキーを勧めながら、ウィーズリー夫人が自由に過ごしていいのよ、と家での過ごし方を彼に話し出す。夫人に淹れてもらった紅茶を飲みながら、僕は、彼が微かな声で、はい、と答えるのを聞いていた。 next

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