彼がウィーズリー家に来て二週間ほど経った休日の朝、一階の居間に降りると、机の上に手紙を携えたヘドウィグがいた。 　誰もいないと思っているのだろうか。そのヘドウィグの前に立っている彼は、いつものような緊張した様子がない。 　本をソファーに置き、彼は戸惑いがちにヘドウィグに手を伸ばした。 「触るな」 　僕の一言で、彼が怯えた様に身体を竦めた。恐る恐る僕を見上げ、それから戸惑うように視線を動かす。ホグワーツにいた頃は、僕と彼は殆ど身長に差はなかった。しかし今は、彼の頭はまさに見下ろす位置にある。そのことが、妙に気分が良い。 「……ごめんなさい」 　小さく呟く様に言うと、彼は本を手にしてソファーに座った。本に視線を落としながら、彼が僕の様子を伺っているのが判った。 　彼の口からでた謝罪の言葉に、自然と口の端が上がる。ごめんなさい、という言葉を彼の口から聞く日がくるとは思ってもみなかった。傲慢で、嫌味や皮肉しか口にしなかった昔の彼に聞かせてやりたいくらいだ。 　彼の怯えた様子や謝罪の言葉を聞くと、苛立ちよりも違う感情の方が湧いてくる。それは満足感だったり、喜びの様なものだったりで、今まで彼から被ってきた不快感をそれらが払拭させてくれるようだった。嫌な奴を具現化した様だった彼が、今では後ろ盾も何もなく、僕を煩わせる存在でもない。それを思うと、時折声を上げて笑いたくなる。ここにきて、漸く付けが回ってきたのだ。 　ヘドウィグの運んできた手紙を開くと、それはロンからのものだった。そこには近況と、一月後に一旦家に戻るという連絡が書いてあった。ハーマイオニーも誘うとあり、彼らが上手くいっていることが伺える。 　一通り読んでから手紙をポケットにしまい、ヘドウィグを労うと、僕は視線を彼に向けた。僕が見ていることが判っているだろうに、彼は視線を本から上げようとしない。そのくせ僕の言動に怯え、緊張している。 　彼のその行動に、僕は微かな苛立ちを覚えた。その様子が、まるで僕を非難しているように思えたからだ。これではまるで、僕が彼を苛めているかのようではないか。 　彼は手紙を盗ろうとしたのではないと弁解もしなかった。まるで、弁解は僕には通じないというように。 　僕は微かな苛立ちを覚え、しかし、それから微かな満足感を覚えた。彼は、傲慢であってはならないのだ。ここでは、彼の我侭は通らない。彼は大人しく、出過ぎず、従っているべきなのだ。彼は、更生するためにここにいるのだから。 　本に視線を落とす彼を見下ろして、僕は小さく口の端を上げた。 　彼と同じ空間に居る生活は、思ったほど酷くはなかった。昔の彼を思うと、目が合う度、通り掛る度にあの気に触る声を聞かされ不快な思いをする、という気がしていたけれど、実際のところはそんなことはなかった。今の彼は大人しく、殆ど声を聞かない日も珍しくない。 　僕はそのことに満足していた。聞こえよがしに嫌味を言い、気だるげで苛立つ話し方をする。そんな人間に、これなら彼はならずにすむかも知れない。感謝して欲しいくらいだと、僕はそんな風にまで考えていた。 next

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