その日の夜はなかなか眠れなかった。久しぶりにスネイプに会ってしまった所為で、苛立ちがなかなか治まらなかったからだろうか。全く、ストレスを与えられているのは寧ろ僕の方だ。何故僕が彼の所為で被害を被らなくてはならないのだろうか。 　何度もベッドで寝返りを打っていると、微かな物音が聞こえた。よりにもよって、僕の部屋は彼の隣なので、音源は十中八九彼だろう。 　時計に目を向けると、時計の針は夜の二時を示していた。そんな時間にいつまでも止まない物音を怪訝に思い、僕は眼鏡を掛けると部屋を出た。 　軋む廊下を音が出ないように歩く。洗面所に微かな明かりが見え、僕は光源に音を立てずに近付いた。 「どうしたの？」 　目にした光景に思わず声を掛けると、彼が怯えたようすで身体を竦めた。僕の姿を認め、ますます怯えを酷くする。 「……ごめんなさい」 　小さく呟くと、彼が後退りした。沈黙が訪れたが、僕はどうすればいいのか判らなかった。気まずい沈黙が僅かに続いた後、真っ青な顔をした彼が、再度洗面台に向かって嘔吐した。僕は慌てて彼の背を擦った。それに彼が身体を竦ませる。 「……ごめんなさい」 　漸く吐き気が治まると、彼が再度そう呟いた。目を合わせようとしない彼に、困惑を覚えた。彼が何故謝っているのかが判らない。 「別に……眠ってなかったし……」 　睡眠の邪魔をしたと思っているのだろうかと思ったが、彼の様子から直ぐにそうではないと判った。俯いた彼の唇が微かに動く。食事、という呟きを耳にして、僕は漸く気が付いた。 「……食べられないのなら、無理しなくてもいい」 　僕が言うと、なんて嘘っぽく聞こえるのだろう。いいという言葉が、まるで咎めているかのようだ。 「……ごめんなさい」 　そう言って立ち尽くす彼は幼く、酷く頼りなかった。 　僕は、彼に対して初めて罪悪感を覚えた。もしかして彼は、毎日無理をして食事をして、その度に吐いていたのだろうか？ 「もう大丈夫？　なら、休みなさい」 　なるべく優しい声音を心掛けると、彼が戸惑いがちに僕を見上げた。その色の薄い瞳に、見透かされているような気がした。何も覚えていない彼を、僕は嫌っているのだということを。 「ほら」 　抱き上げると、予想以上に彼は軽かった。小さな身体は冷え切ってしまっている。背を撫ぜると、戸惑いがちに彼の腕が僕の首に回された。肩口に彼が顔を埋める。僕は無言で彼の部屋に向かった。 　初めて入る彼の部屋は、自分の部屋とは全く違っていた。ウィーズリー夫人に好きにしていいと言われた部屋には、本ばかりが置かれている。綺麗に片付いた部屋は、子供の部屋とは思えなかった。借り物の様に、用意された時から殆ど変わっていない様だ。 　ベッドに彼を下ろすと、戸惑うように彼が僕を見上げた。ベッドに入るように促すと、彼が素直に横になる。彼の手も足も、とても冷たかった。あれでは眠れといっても眠れはしないだろう。 　逡巡して、僕は結局彼の横に入り込んだ。驚いた顔をした彼を抱き寄せる。 「湯たんぽの代わりになってやるから、早く寝なさい」 　そういって目を閉じると、彼が微かな声でおやすみなさいと言うのが聞こえた。 「お休み」 　言って、彼の背を撫ぜる。身体を硬くしていた彼が、段々と力を抜いていく。 　暫くすると、彼が眠ったのが判った。無意識にか、彼が擦り寄ってくる。それを抱き止めて、僕は眉根を寄せた。 　スネイプが言っていたことは、間違っていなかったのかもしれない。 　彼にストレスを与えていたのは、僕だったのかもしれない。無言で嫌いだと伝えてくる僕は、彼のストレスの一因になっていたのかもしれない。そして、スネイプが知っている彼はあまりにも僕の知っている彼と違っていたけれど、それも本当の彼なのかも知れない。 　漸く僕は当たり前のことに気が付いた。僕が知っている彼が、彼の全てだったわけではない。僕は、彼の一面しか見たことはなかったのだ。 next

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