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彼はまた、僕とは目を合わせなくなった。以前からそうではあったけれど、以前は僕の方が彼を無視していた。しかし、今は彼の方が僕を見ようとしない。それは期待をすれば自分が傷つくだけだと判っているからのようで、僕は酷く居心地が悪かった。気持ちが落ち着かないのは、僕の方に非があるのだと心の何処かで思っているからだ。 相手と目を合わせるのは、伝えたい感情があるからだろう。彼が真っ直ぐに僕を見たとき、ぼんやりと見上げていた彼の目にあったのは、仄かな期待だったのではないだろうか。自分が傷付かない様にあからさまな感情を隠すというのは、自分も良く知っていることではないか。 気が付かない振りをし続けている自分が、酷く卑怯な気がした。誰にも気が付いてもらえない、誰にも気に掛けてもらえないということに、幼い頃あれほど失望し淋しさを覚えていたというのに。 彼は僕の欲しいものをすべて持っていて、そしてその恵まれた環境を当たり前の事と思っている人間だと僕はずっと思っていた。果たして、本当にそうだったのだろうか？ 多分彼は、失望を知っている。諦めるということを知っている。 ふと、彼の両親の事を思い出した。二人についてよく知っているわけではなかったが、記憶にある限り、二人からぬくもりや暖かな家庭を連想は出来ない。高価な衣服を身につけ、広い部屋で豪奢な家具に囲まれて。そんな恵まれた環境で、果たして彼らは笑いあって会話をすることがあったのだろうか？ 果たしてそこに、暖かな空気はあったのだろうか？ 高価な衣服を身につけ、広い部屋で豪奢な家具に囲まれて。そして、物音一つしない空間で独り大人しく本を読んでいる子供。 そんな光景が自然と脳裏に浮かんで、僕はなんだか、悲しくなった。 next |