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夕食を摂ると、彼はいつもソファーで本を読み始める。 そうしてどうなるという訳でもないのに、どうしても視線が彼に向かってしまう。このままではいけない様な気がして、でも僕は後二月しかここにいないのだから、このままの方が良い様な気がして。結局二週間経っても、僕はどうすれば良いのか判らなかった。 そんな状態のままでいたある日。ふと、いつものように膝に載せた本に視線を落としている彼の様子がおかしいことに気が付いた。彼はあまり食事を摂らなかったが、それはいつものことなので、食欲という点で彼の体調の良し悪しは判断できない。相変わらず顔色も普段から良くはないので、そういった意味でも判断が難しい。しかし、先程から彼は本を読んでいるようには見えず、時折口元に手を当てて何かを耐えるようにしている。 視線をウィーズリー夫妻に向けると、二人は何か話をしているようだった。視線を彼に戻すと、彼はそこを動く気はないらしく、本を読んでいる風を装っている。 逡巡して、結局僕は彼の前に膝を付いた。 「……具合悪いの？」 小さな声で訊ねると、彼は青褪めた顔を僕に向けた。戸惑う風を見せて、それから否定の形に首を振る。 「具合、悪いんでしょ？ 部屋に行って休もう？」 言い聞かせるようにそう言うと、彼が再び首を振った。それから一瞬夫人に視線を向ける。どうやら彼は夫人に体調を崩したことを知られたくないらしい。その為に、無理をして彼のいつもの行動である食後の読書をしているのだろう。 「大丈夫。二人には知られない様にするから。……行こう？」 そう言うと、漸く彼が頷いた。立てないのではないかと思ったので、僕は彼を抱き上げた。細い身体は軽く、簡単に腕に収まる。そのまま階段に向かい、途中で二人に声を掛けた。 「部屋に戻ります。お休みなさい」 「あら、どうかしたの？」 挨拶を返そうと顔を上げた夫人が、怪訝そうに僕の腕の中に納まっている彼を見た。腕の中の彼がびくりと身体を強張らせ、縋る様に僕の首筋にしがみつく。大丈夫だと示す様に背を軽く叩き、僕は彼を抱え直した。 「チェスの相手をして貰おうかと思って。攫っていきます」 そういって笑うと、夫人が驚いた様に目を見開いた。 「あら、そう。そうなの。夜更かしはしちゃだめよ？」 言って、夫人が嬉しそうに笑みを浮かべる。僕が彼に対して良い感情を持っていなかったことは、勿論彼女も知っている。嬉しそうなのはその所為だろう。騙しているのだという事実に、微かに胸が痛む。 「勿論です」 にっこり笑ってそう答えると、僕は彼の部屋に向かった。 緊張が途切れたからだろうか。腕の中で彼は酸素が足りないかの様に浅い呼吸を繰り返している。具合が悪いのは一目瞭然だった。背を擦ると、彼が肩口に顔を埋めたまま首に回した腕に力を込めた。 こうして彼の小ささや幼さを感じる度に、罪悪感が頭を擡げる。僕は彼が嫌いだ。嫌いな、筈だ。そう自分に言い聞かせる度に、本当に、と疑問の声が聞こえる。僕は彼の、何が嫌いだったのか……。 「ゆっくり休みなさい」 ベッドの上に彼を降ろし、そのまま横にさせる。着替えさせるのは無理の様だったので、靴だけを脱がせた。寝間着に着替えるのは、少し落ち着いてからの方が良さそうだ。 「少し良くなったら言って。寝間着に着替えるのはそれからにしよう。でも、もしあまり酷いようなら、夫人に言って医者を呼ぶなりなんなりしてもらうからね」 彼は横を向いて、少し丸まるようにしている。そのくらい具合が悪いのだろう。毛布を掛けると、彼がうっすらと目を開けた。 「……ごめんなさい」 微かな声が聞こえた。僕が見下ろすと、彼がまた目を閉じた。 僕はベッドに腰を下ろし、彼の淡い金髪を撫ぜた。細い髪は手触りが良く、さらさらと指の間を流れていく。 謝罪の言葉の意味するところは、僕が彼に関わりたくないと思っていることを彼が知っているということだろうか。関わらせてしまってごめんなさい、という意味なのだろうか。 夫人は彼がなかなか馴染んでくれない、と言っていた。でも、彼がなかなか歩み寄らないのは、きっと不用意に近付いて傷つくのが怖いからだ。 ……周りにいる者の中で彼の事を一番理解できるのは、きっと僕だろう。 その考えが、居た堪れない。彼が歩み寄る手助けを、きっとほかの人間よりも上手く出来るだろうに、僕はそうしようとしていない。頑なに、彼を嫌っていた自分を否定できないでいるのだ。 暫くして、呼吸が整ってきた彼がうっすらと目を開けた。 「着替えられそう？」 髪を梳く手を止め、そう訊ねる。気が付かない内に笑みを浮かべていた僕に、彼が微かに笑みを返した。 どうすればいいのか。自分がどうしたいのか。その答えは、疾うに出ている様な気がした。 next |