その日の夜、寝間着に着替えながら、ふと、僕は彼の事が気になった。 　ダーズリー家に居た頃は、僕は一人でいることが嫌いではなかった。寧ろ一人になれる時間は、安らぐ時間でもあった。叔母の一家の騒がしさは、物置や部屋に居ても否応なく耳に入り、そういう意味では僕は一人ではなかったし、良くも悪くも……いや、あまり良い事はなかったが、僕は常に叔母一家の意識にある存在だった。干渉されない、用事を言いつけられないという点で、僕は部屋に一人でいることが好きだった。それでも、小さい頃は夜に一人でいる時、無性に誰かに傍に居て欲しかった。時計の針の音しかしない空間にいて、ふと、言い様のない恐ろしさと淋しさを感じたことを覚えている。 　夜の静寂を、彼はどう思っているのだろうか。 　一度気になってしまうと、中々そのことが頭から離れない。ベッドに横になったものの、眠気は一向に訪れなかった。時計の針の音を聞きながら、僕は扉に目を向けた。 　そういえば、ホグワーツに居た頃の彼はとても臆病だった。禁じられた森を歩いた時のことを思い出し、僕は眉を顰めた。彼は森が怖かったのか。それとも暗闇が怖かったのか。そのどちらもか。 　大きく息を吐くと、僕はベッドから抜け出した。そんなに気になるのなら、見てくればいい。いつもまでも胸に痞えている様々なことを思考から追い出すと、僕は冷たいドアノブに手を伸ばした。 　音を立てない様に扉を押し開ける。暗い部屋は静寂に包まれていた。 　彼はもう眠っているのだろう。そう思うと、自分の行動の莫迦莫迦しさに笑うしかない。言い訳するように肩を竦め、僕は闇の中に目を凝らした。 　微かな灯りに照らされて、ベッドの上に淡い金髪が見える。やはり彼は眠っているようだ。なんとなく恥ずかしい様な、きまりの悪さを感じて、僕は思わず納まりの悪い髪を掻き乱した。それからそっと扉を閉じかけて、ふと、扉を閉める手を止めた。彼の様子が、なんとなくおかしい様な気がする。 　眠っている場合を考えて、足音を立てない様に彼の傍に歩を進め、僕はベッドの中の彼を覗き込んだ。 「……ドラコ？」 　小さく名前を呼んで、僕は彼の目元の涙をそっと拭った。起きているのかと思ったが、どうやら本当に眠っているらしい。彼は目を閉じたままだ。白い頬を、涙が流れる。彼の唇が小さく動いたが、声にはならなかった。 「ドラコ？」 　もう一度、今度は少し強く名前を呼ぶと、彼が薄らと瞼を押し上げた。 「怖い夢でも見た？」 　なるべく穏やかな声音を心掛けてそう問うと、淡い色の瞳が不思議そうに僕を見上げた。白金の睫が、ゆっくりと瞬く。 「……ゆ、め？」 「そう。……ただの夢だよ」 「……ぼく、広い屋敷にいた。誰もいなくて、探したけど……やっぱりどこにも、誰もいなかった」 　ぼんやりと天井を見上げ、彼が呟く。白い瞼の上に手を翳し、瞼を閉じる様に促すと、彼は素直に目を閉じた。 「夢だよ。ここには皆居るだろう？」 　言って、不安げに伸ばされた彼の手を取る。指が触れると、彼の手が力いっぱい僕の指を掴んだ。 「……でも、ぼく、覚えてる。……あそこには、いつも、誰も居なかった」 「……もう、休みなさい。眠るまで、ここに居るから」 　漸くそれだけ言って、僕は片手を彼に預けたまま、もう片方の手で彼の髪を梳いた。暫くそうしていると、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。寝返りを打った彼が、僕の手を抱き込む様に丸くなる。 　先程とは違う安らいだ寝顔に、僕は目を細めた。 next

BACK