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翌日、昼に居間にいくと、その日も彼はソファーで本を読んでいた。台所からはウィーズリー夫人の陽気な歌が聞こえる。 以前の彼のように、今度は僕の方がこっそりと視線を向けて相手を観察する。ほっそりとした見目は以前と変わらない。容貌は繊細さが目に付き、所作はゆったりとして品がある。この家には不似合いな雰囲気は、彼の中にマルフォイ家が残っているような気がして、でも僕は、今はそれを不快には思わなかった。 「手伝ってくれない？」 思考を遮る様に、台所から声がした。何か料理を作っているらしい。器具を手に顔を見せた夫人が彼に笑いかける。それに彼が微かに笑みを返した。 机に本を置き、立ち上がる。台所に向かう彼が何処か嬉しそうに見えて、僕は無意識の内に視線で彼を追っていた。 「ここを軽く叩いて、粉をボールの中に落として頂戴」 夫人がそういうと、彼が真剣な眼差しで手伝いを始めた。 「そう。上手いわ」 言って、夫人が笑う。その夫人を見上げて、彼が微かに笑った。相変わらず彼は殆ど口を利かないが、その様子はほのぼのと仲が良さそうに見える。 夫人の方も嬉しそうで、その様子に、僕は無意識のうちに笑みを浮かべていた。 一旦部屋に行き、また階下に戻ると、手伝いが終わったらしい彼がソファーに座って本を読んでいた。僕の存在に特に関心を示した様子は見せず、そのまま本を読み続けている。僕と同様、彼も距離を掴みかねているのだろう。もっとも、それは僕の方の態度が定まらない所為なのかもしれない。 お茶にしましょうと夫人に言われた時間まで、十分ほどあった。僕は手持ち無沙汰に、ソファーに座って窓の外を眺めた。そこには抜けるような青空が広がっている。ぼんやりと、僕は散歩でもしてこようかと思った。久しぶりに箒に乗って飛び回るのも良いかも知れない。 そんなことを考えていると、見慣れた白い影が窓の外を過ぎった。立ち上がり、大きく窓を開けると、ヘドウィグが窓の縁に丁寧に着地した。 「ごくろうさま」 労って、彼女の柔らかな羽毛を撫ぜる。嬉しそうに擦り寄るヘドウィグを撫ぜながら、僕は彼女の運んできた手紙を受け取った。 手紙の差出人はロンだった。ロンに手紙を届け、その返事をそのまま預かってきたらしい。ヘドウィグを自室の止まり木に連れて行こうかと思った僕は、ふと視線を感じて室内に視線を戻した。 今までこちらを見ていたのだろう。彼が慌てて視線を本に落とす。なんだか瞬きの回数が多い。そのことで、彼の焦りが判った。 なぜ彼がロンからの手紙に興味を持つのだろう？ そう考えて、僕はふと気が付いた。 「撫ぜてみる？」 声を掛けると、弾かれたように彼が顔を上げた。驚いた風を見せ、それから訊ねるように僕を見上げてくる。 「良いよ。ほら」 言ってヘドウィグを彼の前に連れて行くと、彼が微かに笑みを浮かべた。本を机の上に置き、恐る恐るヘドウィグの白い羽に手を伸ばす。小さな手が羽毛に触れると、ベドウィグが微かに身動ぎした。彼の手に擦り寄るような仕草に、彼がはにかむ様に笑う。伸ばされた腕は細く、血管の青さが透き通って見える程に肌は白い。酷く頼りない幼さが、彼は保護すべき者、とヘドウィグに思わせたらしい。彼女は懐く様に彼の相手をしている。 「……名前」 「え？」 「名前は、なんていうの？」 ヘドウィグに触れたまま、彼が僕を見上げる。ヘドウィグだよ、と教えると、彼が微かに笑った。 「仕事をしてないときなら、いつでもヘドウィグと遊んで良いよ。ただし、手紙を持っている時は届けてから」 「……ありがとう。……よろしく、ヘドウィグ」 言って、彼がヘドウィグに笑みを向ける。彼女が彼の細い指先を甘噛みすると、彼は驚いたように動きを止め、それから可笑しそうに笑った。 嬉しそうに、小さく笑う。その様子を、僕は可愛いと思った。そして、そう思えることを、嬉しいと思った。 next |