「邪魔だ。……英雄様は公共の場というものは自分の場だとお考えらしい」 　後ろから掛けられた声に振り返ったハリーは、そこに見つけた侮蔑の色を湛えた瞳に思わず安堵を覚えた。いつもの様に表情は変えずに、しかし心の中で安堵の息を吐いていたハリーは、言い返すこともせずにドラコの顔を凝視した。反応のないハリーに代わって口を開いたのは、いつもの通り隣に立っていたロンだった。 「それはお前の方だろっ。避けて通ればいいじゃないか」 「通路の真中を塞いでおいて人に避けろとはね。やはり英雄様の御付は考え方が違う」 　言って、ドラコが小さく口の端を上げる。頭に血が上ったロンが口を開こうとするのを、ハーマイオニーが服の裾を掴むことで止めた。 「これは失礼。お坊ちゃまには人を避けて歩くなんて賢い発想は出来ないんでしたわね」 　そう言いながら、ハーマイオニーがハリーとロンに道を空けさせる。ドラコは微かに不快を示す様に目を細めると、視線をハーマイオニーからハリーへと移した。 「御付に庇ってもらわないと、反論も出来ないのかい、ポッター？」 　丁寧な発音で紡がれた挑発の言葉に、ハリーが微かに眉を顰めただけで何も言わずにいると、ドラコは嘲るような笑みを残して三人の横を通り抜けた。急ぐわけでもなく、ゆったりとした足取りでドラコが歩を進める。 　目の前をドラコが通り過ぎた瞬間、ハリーはぞくりと寒気を覚えた。確かめる様に、遠ざかって行く姿を目で追う。 「ハリー？」 「えっ？」 　訝しげに掛けられたロンの声に、ハリーは弾かれた様に振り返った。 「な、何？」 　驚いた様に問い返すハリーに、ロンが眉を顰める。その表情が、それはこちらの台詞だと言っていた。 「マルフォイなんか見てどうしたんだよ。何か面白いものでも見えるのかい？」 「ああ……別に。……相変わらずだなと思ってさ」 「ああ。変わんないな、奴も。いい加減にして欲しいくらいにさあ」 　そんなことかというように、ロンが肩を竦める。ドラコのことなど、ロンには腹立たしいだけの存在でしかないのだろう。 「そだね」 　肩を竦めて同意しながら、ハリーは違うと思った。何がと問われても答えは判らない。それでも、歳月に寄って段々と自分が変わった様に、彼も何処かが変わっていっているのだと思った。心の何処かでいつまでも変わらないと思っていたが、彼は確かに変わってしまった。 　追った視線の先で見た、ドラコの様子が脳裏に浮かぶ。興味を失った様に視線を前方へと移した彼の瞳は、人形の様に何の感情も映してはいなかった。 　そこにある感情は嫌悪なのか、好奇心なのか、それとも別の何かなのだろうか。ハリーは大広間でさりげなく周囲を見回した。目的の人物をレイブンクローのテーブルに見つけ、周囲に気が付かれない様に観察する。時折スリザリンに向けられる視線は、見間違い様もないほどにはっきりと気遣うような色を帯びていた。それに対して、やはりドラコは関心を向けることすらしていない。 　ふと、ハリーはそういった視線を向けているのが一人ではないことに気が付いた。気が付いただけでも、レイブンクローから二人。ハッフルパフから、一人。 　とくり、と心臓が鳴った。 　それではあれは、最近に始まったことではないのだろうか？ 　視線をスリザリンに滑らせたハリーは、ドラコが自分を見て怪訝そうに目を細めた事で慌てて視線をテーブルの上に移した。さり気無さを装ったつもりだったが、彼は自分が見ていたことに気が付いてしまったかもしれない。 　心臓が激しく鼓動を始める。疑問は頭の中で渦巻いているが、それと同時に頭の何処かで自分には関係のないことだと冷静な声もする。 　これは、ただの好奇心なのだろうか？ 　次の金曜もあの場を訪れるだろう自分に、ハリーは戸惑いを覚えた。 　自分は一体、何をしたいのだろう……？ next

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