深夜のホグワーツに、靴音が小さく響いた。 　蹲るように壁に寄りかかっていたハリーは、その音に顔を上げた。見覚えのあるレイブンクロー生が目の前を通り過ぎ、ハリーのすぐ横にある扉の前で足を止めた。その表情は、何かを思いつめている様にも見える。眉を顰めるハリーの前で大きく息を吐くと、レイブンクロー生は意を決した様に扉を開けた。 　何かをしようと思ったわけではない。では何故、自分はここにいるのだろう？ 　室内に消えていく後姿を見送りながら、ハリーは嘆息を漏らした。 　一体何がしたいのだろうか。気になるからといって、こっそりと盗み聞きのような真似までして……。 「……僕だけが浅ましいような気がしてくるよ」 　考え事に没頭していたハリーは、聞こえてきた声に思わず聞き耳を立てた。溜息混じりの声は、諦めと、僅かに自嘲の響きを持っている。 「何も教えても貰えない。心配することも許してもらえない。……僕だけが君を欲して、君にとっては僕じゃなくても……誰でも良いことを思い知るんだ」 「……君の欲しいものが手に入らないのなら、取引を止めにすればいい」 　答える声は、酷く淡々としていた。冷たいというわけではない。事務的な、という形容が最も近いかもしれない。 「やっぱり簡単に言うんだね。……欲しいものは決して手に入らないのにこうしていて……自分が酷く浅ましい様な気がするよ」 　それに対して、返答は無かった。短い沈黙は、意思を固めるのに必要な時間だったのかもしれない。 「終わりにしよう。……取引を止めたら、僕は君の事を心配しても良いのかな？」 　小さく笑うような声音は何処か優しい。しかし返答はやはり無い。ハリーは急いで扉の前から身体を退けた。 　静かに扉が開き、レイブンクロー生が出てきた。諦めた様な溜め息が漏れる。微かに迷いを見せ、しかし結局彼は顔を上げることなく扉を閉めた。 　一瞬、扉の隙間から、空ろな視線を空中に向けている彼の姿が見えた。身動ぎ一つせず、その様子は呼吸をしているのか疑問にすら思える。 　やがて微かな音と共に扉が閉まると、ハリーはレイブンクロー生に視線を戻した。 「……何故……」 　呟きが耳に入る。レイブンクロー生は何かを振り切る様に小さく首を振ると、顔を上げて廊下を歩き出した。 　ハリーはその姿が見えなくなるまで見送ると、視線を扉に戻した。 　―――彼は今、一人でいる。ここで彼は、一体何をしているのだろう？ 　無意識の内に、指が扉に向かって伸びていた。触れたドアノブの金属特有の冷たさに、漸くハリーは我に返った。自分の指がドアノブを掴んでいるのを無言で眺め、その状態で動きが止まる。 　暫く立ち尽くしていたハリーは、突然、踵を返して走り出した。 next

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