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歯車が狂い出したのは、何時からだったのだろう。 自分に向けられる射る様な視線が何時しか当たり前のものになり、深く考える事もなく彼からはそれが向けられるものだと認識するようになっていた。だからだろうか。視線の強さから、意思の強さを感じられなくなった事に気が付かなかった。 もしかしたら、違和感には気が付いていたのかもしれない。 ハリーは寮のベッドに座り、手にした杖で小さく明かりを灯した。深夜の寮内は最小限の明かりしか灯されず、静まり返っている。 小声で呪文を唱えると、手にした羊皮紙に地図が浮かんだ。一点で静止している名前を、ハリーは無意識の内になぞっていた。 ―――彼は、今日もいる。そして今日は、独りだ。 ゆっくりとした変化は、ハリーに微かな違和感だけを残し、気が付かない内に大きな変化を終えていた。彼が自分に以前ほどの関心を向けていないから、何だというのだろう？ ハリーは眉根を寄せた。どう考えても、以前に向けられていた謂れのない敵意の方が不自然だったのではないだろうか。そしてそれは煩わしく迷惑でしかないもので、関心を向けられない方が良いに決まっている。 「……僕には、関係ない」 言い聞かせる様に小さく呟く。静寂の中に居ると、耳にこびりついている彼の声が聞こえてくる様だった。言い様の無いもやもやとした感情が湧いて来る。 小さく舌打ちすると、ハリーは透明マントに手を伸ばした。 ゆっくりと押し開けた扉は、注意を引くのに十分な音を立てた。 ハリーが無言で室内に目を向けると、ソファに座るドラコが緩慢な所作でハリーに視線を向けた。表情の無い顔が、微かに驚いた風を見せる。 「……英雄様が、夜遊びかい？」 口の端を上げて掛けられた言葉に、ハリーは密かに安堵していた。もしかしたら、彼は自分が目の前に立っても気にも止めないかもしれない。そんな不安が、頭の何処かにあったのだ。 「そう言う君も、夜遊び？」 そのハリーの質問に微かに肩を竦めると、やはりゆったりとした所作で、ドラコが扉を指差した。 「この部屋は、使用中だ」 何時もの皮肉を紡ぐ声とは違う、何処か感情の欠如した声でハリーにそう告げる。ドラコの出ていけという仕草を無視し、ハリーは室内に歩を進めた。 室内は薄暗かった。暖炉の火がもっとも明るい光源だ。窓から差す月明かりと暖炉の火とが、彼の白い面を微かに照らしている。 「ここで、何してるの？」 ハリーが尋ねると、微かに面白そうに目を細め、ドラコが上げていた手を肘掛に戻した。 「……人を、待っている」 「誰？」 「……取引の、相手を」 短い沈黙が訪れる。ハリーの表情から何かを読み取ったのか、ドラコが喉の奥で笑った。 「……君では、取引にならない」 「何故？」 「僕が提示するものは、君には価値が無い」 気だるげに言い放つドラコに、ハリーは目を細めた。 温度を持っていないのではないかと思える程に白い肌は、見目の通り、やはり冷たいのだろうか。 「……君が、得る方は？」 紡いだ声は、微かに掠れていた。自分を見下ろす翠の瞳を見返し、ドラコが薄く笑みを浮かべる。 「……僕は、誰でも構わない」 感情の抜け落ちたような声音で、ゆっくりと言葉が紡がれる。ハリーは小さく喉を鳴らした。 「……それなら問題、ないんじゃない？」 言葉は、気が付かないうちに零れ落ちていた。 惹かれるままに、ハリーは白い肌に手を伸ばした。 next |