|
休日の大広間は、何時もよりも閑散としていた。 人込みの中でも彼を見つける事は容易い。増してや生徒の少ない休日の大広間で、目に付く白金の髪は、大広間に入って直ぐにハリーの目に飛び込んできた。 平日よりも遅い時間に朝食を摂るハリーとすれ違いで、ドラコが大広間を出ていく。隣を通り抜けたドラコは、最近の彼の行動と変わらず、ハリーに関心を払おうとはしなかった。 ハリーも視界の端に白金の髪を捉えたまま、しかし視線をそちらに向けることはしなかった。 擦れ違いざま、独特の香りが鼻腔を擽った。ドラコが何時もつけている香水の香りに、心臓が跳ねる。否応無しに数時間前のことが思い出され、ハリーは無意識の内に拳を握り締めた。自然と、微かに口の端が上がる。その表情を隠す様に、ハリーは微かに俯いた。 指先に、彼の白く冷たい肌の感触が残っている。 約束はしていなかった。しかし、ハリーは次の週もドラコがあの部屋に居ると確信していた。そして、自分がそこを訪れるだろう事も。 秘密の関係に、ハリーは静かな興奮を覚えていた。 邪魔はしない事。 詮索はしない事。 苗字ではなく、名前で呼ぶこと。 ドラコからの要求はそれだけだった。邪魔をしないと言うのは、どうやら彼の思考の、という意味らしい。彼の視界を妨げる事も邪魔をするという事らしく、唇にキスもしてはいけない。 判ったことはそれだけだ。 好奇心に後押しされたような一度目のことは、あまり覚えていなかった。彼の冷えた肌とは対照的に、自分の肌が随分と熱を持っていたことだけを覚えている。 彼に対して好意といったものを持ち合わせている筈もなく、あったのは好奇心と、もっと直接的な感情だった。不思議なほどに嫌悪感はなかった。月明かりに照らされた人形を思わせる綺麗な容貌は、不思議な吸引力をもってハリーを惹きつけた。触れた肌から伝わる鼓動が、それに拍車を掛ける。 二度目は、それらに酔った様だった。 そして三度目に、漸くハリーは何故と思った。 何故、彼はこんなことをしているのだろうか？ 彼が何を得ているのかが、ハリーには判らなかった。彼が提示するものを自分が得た後、自分が何かを彼に与えているとは思えない。行為の後、彼は何も要求することをしなかった。後になってそのことに思い当たったが、結局三度目になっても彼が何を得ているのかは判らなかった。それとも、彼はまだ欲しいものを得てはいないのだろうか？ ゆっくりと淡い白金の髪を梳いていたハリーは、自分に凭れ掛かっているドラコに視線を落とした。彼は思考に沈み込む様に先程から目を閉じたままだ。最も、二人でいても会話らしいものは殆どなされないので、沈黙自体は不思議ではない。 「ねえ……君は、これで何かを得ているの？」 ハリーが囁くように尋ねると、ドラコの眉間に皺が刻まれた。 「……詮索は、しないという約束だ」 「だって取引でしょ？ 君が何も得ないのなら、取引にならないよ」 苛立ちを隠しもしないドラコの声音に、困惑気味にハリーが答える。 「得る事が出来ないのなら、僕は取引を続けていない」 言って、漸くドラコが視線をハリーに向けた。薄い色の瞳は冷たく、行為の名残を全く感じさせない。その表情からは、僅かな苛立ちだけが見て取れた。 「……ごめん」 小さく謝罪すると、ハリーはドラコの淡い色の髪を柔らかく梳いた。それにドラコが目を閉じ、ハリーの胸に擦り寄る。その甘える様な仕草に、ハリーは目を細めた。 こうしていると、縋られている様な錯覚を覚える。 「……ドラコ？」 静かに名前を呼んでみれば、彼が微かに口の端を上げる。ゆっくりと髪を梳いていると、やがて小さな寝息が聞こえてきた。ハリーはそっと髪を梳いていた指を頬に滑らせた。白い肌を辿り、唇に触れる。 ふと、ドラコが小さく声を漏らした。ハリーは唇から指を退けると、細い首筋から薄い肩の線をゆるりとなぞった。 相手としては、完璧だ。一時だけの、欲求を満たすだけの相手としては文句のつけようがない。責任をとる、といったことにはなり様もなく、合意の上なので色々と面倒なこともない。そして彼は、その辺の女子よりも綺麗だ。滑らかな白い肌は心地好く、冷たい肌が行為の間だけ熱を持つ様がなんとも言えない。整った容貌と中性的な雰囲気は、相手が男であるという嫌悪を感じさせなかった。 本当に、錯覚してしまいそうだ。 ドラコの無防備な寝姿を眺めながら、ハリーは眉を顰めた。 これは取引で、彼と自分との間にはそれしかない。それなのに、まるで好意を持たれている様な錯覚を覚えてしまう。そして彼の瞳を見た瞬間、いつもそれが錯覚であることを思い出すのだ。 彼の瞳は、ハリーを見てはいない。誰でも良い、といった言葉通りに、ハリーである必要はないのだろう。初めからそういう約束だった。 ―――それなのに、何故自分は苛立ちを覚えているのだろう？ ハリーは疑問を押し込める様に固く目を閉じると、細く白い肢体に腕を回した。 next |