腕に納まるぬくもりは、酷く心地が好い。今まで知り様のなかった他人のぬくもりは、ハリーに麻薬のように作用した。手放したくない。いつまでも手にしていたい。 　人気の無くなった教室で、ハリーは窓辺に腰掛けると外を眺めた。先程までの喧騒が嘘の様に、教室の中は静かだ。授業が終わると、生徒達は我先にと教室を後にし、そこにはハリーだけが残っていた。 　窓から見える中庭で、パッフルパフの男子生徒が人待ち顔で立っているのが見えた。暫くすると、女生徒が足早に彼に近付いてきた。二言三言言葉を交わし、二人は連れ立って歩き出した。 　その様子を、ハリーは表情もなく眺めた。 　安易に手にしたものが、本当は決して手に入らないものだったことに今更ながら気が付いた。それとも、手から零れ落ちたそれを、自分は慌てて掴んだだけなのだろうか？ 　今からでも遅くは無い。あの部屋に行くのをやめれば良いだけの話だ。そうしたら、彼はまた他の誰かを捕まえて、自分との関係はなくなる。ただ、それだけだ。 　そもそも初めから、彼に対して好意を抱いていたわけではない。全て忘れて、今視線の先にいる生徒達の様に、普通の恋愛をすればいいのだ。女の子を好きになって、物語の様な手順を想像しながら滑稽に普通の恋愛をして。忘れれば良い。彼の事など。好奇心に駆られた一時の行為など。 　そうして、知らない誰かが彼に触れる……。 　―――嫌だ。 　そう考えた瞬間、ハリーは激しい怒りに襲われた。自分と同じようにドラコに触れる知らない誰かに、触れさせるドラコに、激しい怒りを覚えた。 　あのぬくもりも、縋るように背に回される白い腕も、細い肢体も、全て自分のものだ。たとえ彼が、自分を見ていないとしても。 　ハリーは無意識のうちに固く拳を握っていた。 　体中の血が一気に沸騰した様な怒りが、やがて鎮静していく。表面には現れなくなったそれは、しかし、確かにハリーの中に残り燻っていた。 　ハリーの葛藤など一切知る筈もなく、周りの視線にすら頓着せずに、ドラコはスリザリンのテーブルでゆっくりとカップに口をつけた。どこか気怠げに、上品な所作で食事を摂っている。その様子を、ハリーはグリフィンドールの席から眺めた。 　彼は変わった。小憎たらしい不快な人間から、人形になってしまった。自分にあれほど執拗に絡んできた彼は、何処に行ってしまったのだろう。今、彼の意識を占めているものは何なのだろうか。 　以前の彼ならば……。そう。今までの彼ならば、それは自分だった筈だ。 　確信に近いその考えに、ハリーは背筋を何かが這う様な快感を覚えた。苛立つときも、喜ぶときも、彼の思考の先には自分が居た。今まで考えた事もなかったが、あの頃自分の中にあったものは、嫌悪と、そしてある種の満足感だったのかもしれない。 　自分の存在を気にも留めない今のドラコに、ハリーは酷い苛立ちを覚えていた。まるで、自分だけを置いて相手が勝手に舞台から降りてしまったような、賭け事が興に乗ってきたところで突然相手が降りてしまったような、そんな腹立たしさを感じる。……いや。寧ろ今は、自分が彼の舞台に上げてもらえないことに苛立っているのかもしれない。 　―――それならば、無理にでも上がるまでだ。 　ハリーは小さく口の端を上げた。その考えは、極めて正当なものに思えた。 　自分は、彼らとは違うのだ。気遣わしげに視線を送るだけの、恐らく名前さえも彼の記憶に残っていないレイブンクローやハッフルパフの生徒とは違う。 　その考えに満足感を覚え、ハリーは目を細めて薄く笑った。 next

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