翌日、ドラコは医務室を訪ねた。相当に酷い顔色をしていたのだろう。ドラコを見た瞬間、マダム・ポンフリーはあからさまに顔を顰めた。
「すみません。よく眠れないので、睡眠薬を処方して頂けませんか？」
「本当に、眠れないみたいね」
　顔を顰めたまま、ポンフリーはドラコに座るように促した。
「夢を見ないでぐっすり眠りたいんです」
「確か、一人部屋になったのよね？　もう同室の子の鼾に悩まされているわけじゃないわよね。……何か悩み事でも？」
「いいえ。……寒い季節は苦手なんです」
　言って肩を竦めて見せると、ポンフリーが益々眉を顰めた。一人部屋になる前は、ドラコは時折同室のクラップやゴイルの鼾や歯軋りの音に悩まされて医務室を訪れていた。冗談めかして耳栓を勧めたポンフリーは、人の気配に眠れないのだろうと察して、いつも軽い睡眠導入剤を処方してくれていた。そのことがあったので、ドラコは今回もあっさりとポンフリーの元を訪れることにしたのだった。彼女が無理に詮索しないことも、直ぐに両親に知らせたりしないことも判っている。
「薬に頼るのはあまり良くないのよ。なるべく暖かくして、それから、きちんと食べる様にしなさい。あなたはもう少し太った方が良いわ」
「太らない体質なんです」
「前より痩せましたよ？」
「そうですか？」
　誤魔化すように肩を竦めて見せると、ポンフリーは諦めた様に首を振った。それから薬棚に向かうと、小瓶を取り出した。
「はい。使い方は前に渡したのと同じです。眠る前に、二錠飲んでね。寝不足が解消されたら、服用を止めること」
「有難うございます」
　礼を言って錠剤の入った小瓶を受け取ると、ドラコは早々に医務室を後にした。
　小さな瓶をローブのポケットに入れ、ドラコは廊下をゆっくりと寮に向かって歩いた。何かを取り合って騒ぎ、廊下を走り回っていたグリフィンドール生が、監督生の存在に気が付いて騒ぎを止めた。ドラコはそれに目もくれず廊下を歩き続けた。減点を覚悟していたグリフィンドールの下級生が、不思議そうに顔を見合わせていた。
　座り込むわけにはいかなかった。身体は重く、足は鉛の様だったが、歩みを止めるわけには行かない。ややもすると倒れてしまいそうだったが、ドラコは気力でそれを押し留めていた。
　人の居る場所で、醜態を晒すわけにはいかない。
　自分の顔色が蒼白と言える程悪いことに、ドラコは気が付かなかった。

　昼食の為に大広間に行くつもりは無かった。自室に戻ると、ドラコはハウスエルフに用意させ、スープだけを口にした。翌日は授業があるので、無理やりにでも胃に何かを入れようと思ったのだが、それ以上は食べる気が起こらなかった。
　いつもの様に予習をし、翌日の準備を終えた頃、クラップとゴイルが迎えに来た。控えめなノックの音が響き、ドラコは大儀そうに椅子から立ち上がると扉を開けた。
「ドラコ、夕食の時間だよ」
「今日は行くよね？」
　扉の外に立っていた二人が、その体格に似合わない不安そうな表情を浮かべてドラコを見る。
「いや。今日はもう寝る」
　ドラコはそう言うと、大したことでもない様に肩を竦めた。返答に、クラップとゴイルの表情が曇る。
　食事を摂りたいとは思わなかった。大広間に行くのはもっと嫌だ。自分を欺いたハリーが満足そうにほくそえむ姿を思うと、グリフィンドール生の居る場所には近寄りたくない。
「寝不足で眠いんだ。お前達はさっさと行け」
　二人が口を開く前にそう言うと、この話は終わりとばかりにドラコは扉を閉じた。扉の外から、二人が溜息を零すのが聞こえた。
「……ドラコ。何か持ってこようか？」
「……いらない」
　返答に、再度溜息が聞こえる。暫くすると、二人が離れていく足音が聞こえた。
　ドラコは扉に施錠すると寝台に向かった。それから寝間着に着替え、小瓶から睡眠導入剤を二錠取ると口に含んだ。それを水で飲み下し、ドラコは寝台に横になった。
　グリフィンドール生がどんなに傲慢で、何事も自分の思い通りにする連中であるということを、何故忘れていたのだろうか。
　暗闇に目を凝らすと、目を細めるハリーの顔が浮かぶようだった。ドラコは忌々しげに舌打ちし、寝返りを打った。白い枕に顔を埋め、きつく目を閉じる。
　抵抗も儘ならず、ハリーにいい様にされた事が腹立たしかった。自分を押さえ込むハリーの、余裕のある表情が更に苛立ちを煽る。何よりも、それまでそのハリーの手にぬくもりを覚えていたのだという事実が、腹立たしかった。
　苛立ちを覚えたまま、ドラコは何時しか眠りに落ちていた。


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