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薬に頼ったものとはいえ、睡眠はドラコの体調を多少なりとも上向かせた。食事を満足に摂っていなかった所為か身体は重かったが、頭は冴えていた。 大広間に行く気はなく、ドラコは誘いに来たクラップとゴイルを適当にあしらうと一時限目の教室に向かった。頭は冴えていても、身体はそうは行かない。ドラコはゆっくりとした歩調で、誰も居ない廊下を進んだ。 吹き曝しの廊下に吹く風は冷たく、心地好かった。足を止め、冴えた空気を深く吸い込むと、ドラコはゆっくりと息を吐いた。睡眠をとった所為か今朝は気分が良い。上機嫌で再度歩き出したドラコは、一瞬目の前が真っ白になり壁に手を付いた。平衡感覚を失い、壁に寄り掛かることで身体を支える。頭から血が下がっていく様な感覚に、ドラコは目を閉じた。 どのくらいそうしていたのだろうか。ドラコは目を開けると、ゆっくりと自分の手に視線を落とした。血の気を失った手は、何処となく軋む様に動いた。ゆっくりと壁から身体を離し、自分が動けることを確認すると、ドラコは安堵に息を吐いた。それから、何事もなかったかのように歩き出した。 授業は滞りなく進んだ。グリフィンドールと合同の授業も今日はないので、煩わしい事もない。日常生活にさして支障はなかった。普段と異なるのは、立ち上がる際に頻繁に眩暈を覚える為に、動作が酷く緩慢になることくらいだった。 ドラコは何事も無かったかのように数日を過ごした。しかし、如何にグリフィンドール生と、否、ハリーと顔をあわせたくないとは言っても、合同の授業の間はどうにもならない。まだ生徒の居ない魔法薬学の教室に入ると、ドラコは一番前の席に座った。少なくとも、ここならグリフィンドール生は視界に入らない。ドラコの頭に授業をさぼるという選択肢はなかった。 机の上の教科書をぼんやりと眺めていると、朝食を終えたのであろう生徒達が徐々に教室に揃ってきた。ざわめきと共に増えていく生徒には関心を向けず、ドラコは教科書を捲り続けた。 そうして数分経った頃、ふと、聞き覚えのある声が耳に入った。ドラコの肩が小さく震える。否応無く耳に入ってくるその声に、知らずドラコの肌が粟立った。 いつもと同じ様に、三人組が教室に入ってくるのが会話から判った。変わらず、三人は他愛の無い話をしている。レポートが、クィディッチがといった単語が聞こえた。 自分とは関わりも無い内容で、嘲笑う様でも、蔑む様でもないその声は、しかしドラコに喪失感のようなものを思い起こさせた。 彼は何故、いつも自分から様々なものを奪うのだろうか？ ドラコはふと、そう思った。ハリーとの関わりは、ドラコにとってはいつも失くすことにしかならなかった。初めに手を差し出したときからずっとそうだ。 ホグワーツに入る前、ドラコは密かに期待していたことがあった。幼い頃、ドラコは友人、友達というものに憧れていた時期があった。しかし、その立場を期待して会う子供は皆、親同士の関係を無視出来ない出自で、友人にはなりようも無かった。父親が、それを許さなかった。ルシウスにはっきりと咎められたわけではない。しかし、ルシウスの態度がそれを示していた。そして、ドラコはそれに逆らう気はなかった。 ずっと諦めてはいたが、ホグワーツに入ればもしかしたら、とドラコは密かに思っていた。無論、スリザリンに入れば、マルフォイ家の嫡子という立場は変わらず影響するだろう。しかし、そうではない生徒も居るかもしれない。例えば、自身が特別な子供であるハリー・ポッターだ。そして相手が彼なら、父親が眉を顰める事もない筈だ。 幼い頃の感情を思い出し、ドラコは笑いたくなった。 勝手に都合よく期待していた自分が可笑しかった。彼が自分の手を取ると信じて疑わなかったことも今となっては笑い種でしかないが、それにも況して、あのハリー・ポッターにまるで英雄の様な人格を期待していたことが可笑しかった。まるでドラコの思うままに動く人形の様に、ドラコの思い描く完璧な友人をハリー・ポッターに期待していたのだ。 現実はそうではなかった。ハリー・ポッターは自分の手を取らなかったし、英雄の様な人格者でもなかった。寧ろ、彼はグリフィンドールに相応しい傲慢さを持ち、そして冷酷さと意思の強さも持っている。 それ故に、子供じみた感情で関われば関わるほど、ドラコは何かを失うことになったのだ。 ―――何故、自分は関わることを止めたというのに、また失くさなければならないのだろう。 ドラコはふと、苛立ちを覚えた。あの隠し部屋にハリーが現れなければ、自分があの場所を失くすことはなかったのだ。失くしたのは実際に存在する場所だけではない。意識下の避難場所すら、ハリーに奪われてしまった。 ふと、背後から笑い声が聞こえた。他愛の無い会話に、三人が笑い声を上げている。 ドラコは苛立ちと悔しさに唇を噛んだ。 子供じみた感情で絡んだ報いだとでも言うのだろうか。これが、報復なのだろうか。ハリーが自分を嘲笑っているのかと思うと、腹立たしかった。そして、今はもうハリーはドラコのことなど眼中にないのだ。彼の冷酷さを嫌と言うほど思い知った後だというのに、何故自分は彼と関わってしまったのだろうか。 どうしていつも、望むようにはならないのだろう？ いつも、望むものは手に入らない。ほんの少し。例えそれが自分の想像の中でだけでも手に入れたと思ったのに、それもまた失ってしまった。 苛立ちが過ぎると、後には喪失感と寂寥感だけが残った。ハリーの事を意識の外に追い出すと、ドラコは静かに目を伏せた。 next |