伝わる鼓動に、安堵したように腕の中で彼が微睡む。
　縋るように背に回された、細い腕が心地好い。
　縋るように、僕は彼の痩躯を抱き締めた。


- 第三章 -


　大広間に入ると、ハリーはスリザリンの席を見ないようにグリフィンドールの席に向かった。それから、スリザリンの席に背を向ける形で席に着く。正面に座ったハーマイオニーもロンも、別段それを気にした様子はない。ハリーは自分が音に過敏になっている事を意識しながら、頑なにスリザリン生の方を見ない様にしていた。
「……あれ？」
「何？」
　ふと、パンに手を伸ばしたロンが声を漏らした。俯き加減に食事を摂っていたハリーは、顔を上げて首を傾げた。視線の先で、ロンが手にしたパンを千切りながら、ハリーに肩を竦めて見せた。
「ああ、別に。ただ、今日も居ないんだなーって思ったから」
「ああ、マルフォイのこと？」
　ハーマイオニーがその名前を口にした瞬間、ハリーの手が振るえ、取り落としたスプーンが皿に当り大きな音を立てた。
「大丈夫？」
「う、うん。手が滑っちゃって。……マルフォイが……どうかしたの？」
　ハリーは声が震えないように一度喉を鳴らすと、漸くその名前を口にした。ハリーの葛藤に気付くことも無く、ロンは口の中に詰め込んだ食べ物を飲み込むと口を開いた。
「いや別に。単に今日も居ないんだなと思って……」
「あら、最近は静かで良いとか言うわりに、気になるの？」
　くすりと笑ってハーマイオニーが言う。ロンが眉を顰めた。
「だってさあ、嫌でも目に付くだろ。奴のきんきら頭は」
「そうね。いろんな意味で彼は目立つわね」
「ま、最近大人しいし、別に良いんだけどさ」
　言って、ロンが口の端を片方だけ上げる。確かに、最近彼は関わってこないので、ロンにはどちらでも良いのだろう。ハリーは曖昧に笑って見せた。
「体調でも悪いのかしら。ずっと顔色が悪かったし……」
「そうだったっけ？」
　首を傾げて言うハーマイオニーにロンが訊く。その様子は、特に関心があるという風ではない。ハリーはとくりと心臓が跳ねるのを自覚した。体調が、悪いのだろうか？　そうだとすると、それに自分が完全に無関係だとは思えない。
「それに、関係なくも無いでしょう？」
　耳に入った言葉に、ハリーはびくりと肩を震わせた。自分に言われたかの様な言葉に、食事の手を止めてハーマイオニーを見上げる。ハーマイオニーの隣でロンが首を傾げ、口を開く様子が目に入った。
「え、なんで？」
「だって彼が体調不良でお休みだとしたら、あなた達と仲良しの、敬愛する教授のご機嫌はさぞかし良いでしょうからね」
「うわー。ハリー、八つ当たり覚悟しといた方が良いかも」
「……そだね。機嫌悪そうだ」
　言って、肩を竦める。無理やり出した声は、微かに震えていたかもしれない。ハリーは平静を装って食事を再開した。
　八つ当たりではないかもしれない。自分は彼に、何をした？
　心の中で自問する。ハリーは背筋を冷たいものが流れた様な気がした。食事の手が止まる。いくら自分は悪くないと言い聞かせても、言い訳は時間と共に剥がれ落ち、後には罪悪感だけが残っていた。
　あれは取引で、互いに納得していたものだった。それを勝手に不満に思い、約束を違えたのは自分の方だ。
「ハリー？　どうかした？」
「え？」
　掛けられた声に、ハリーは弾かれた様に顔を上げた。曖昧に笑って見せると、ハーマイオニーが眉を顰めた。
「具合でも悪いの？」
「あ、いや別に。……何でもない」
「別にいつものことじゃん。どうせ理由なんて無くてもスネイプは僕らを目の敵にしてるんだし。考えるだけ損だって」
　言って、ロンが笑う。そうだね、とハリーは笑って見せた。それからそっと、手にしていたスプーンを置いた。


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