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小瓶の中の錠剤を手の平に落とすと、ドラコは眉を顰めた。ポンフリーから貰った睡眠導入剤が、もう今日の夜の分しかない。手の平に乗せた白い錠剤を眺め、ドラコは苛立った様に空いた手で髪を掻き揚げた。 錠剤を口に放り、水で飲み下す。それからドラコは備え付けの鏡を覗き込んだ。鏡には、青褪めた顔の少年が映っている。やせ細り、まるで病人の様だ。ドラコはまた、苛々と髪を掻き揚げた。 以前に薬を貰った時よりも、明らかに顔色が悪くなっている。これでは、何も聞かれずに薬を貰うことは出来ないだろう。眉を顰めるポンフリーの顔を思い出し、ドラコは諦めた様に息を吐いた。寝不足になれば、更に顔色が悪くなる。 鏡の前から離れて寝台に横になると、ドラコは目を閉じた。 ―――どうにかして、薬を手に入れなければ。 薬のことを頭に浮かべながら、ドラコは強い睡魔に襲われた。脳裏を、意味を成さない映像が流れていく。眉を顰めるポンフリーの顔。机の上に置かれた小瓶。物言いたげなスネイプの顔。静寂に包まれた暗い部屋。暖炉の薪が爆ぜる。見慣れた暗い部屋の中で、白い錠剤の入った小瓶を持ったハリーが立っていた。欲しいのかと小瓶を掲げ、ハリーが笑う。 ―――ああ。これも、無くなった。 溜息の様に言葉が零れる。ドラコはそのまま眠りに落ちていった。 目が覚めると、ドラコは酷い頭痛を覚えた。頭を抱え、寝台の上で縮こまる。暫く動かずにいたが、頭痛が治まる気配はなかった。 薄目を開けて時計を見ると、時計の針は朝の五時を示していた。ドラコは目を閉じてもう一度眠りに入ろうとしたが無理だった。のろのろと寝台から這い出し、机の抽斗を漁り鎮痛剤を探すと、ドラコは無造作にそれを口に放った。 寝台に倒れ込み、頭痛が治まるのを待つ。冷えた指でこめかみを押さえ、ドラコは唇を噛んだ。 やがて頭痛が治まってくると、ドラコは立ち上がり机に向かった。出したままになっていた鎮痛剤の入った小瓶を手にして覗き込むと、それも中身は少なかった。 小さく息を吐き、ドラコは睡眠導入剤の小瓶の隣にそれをしまった。ポンフリーからもスネイプからも、薬を貰えるとは思えない。軽い睡眠導入剤なら自分で調合することも可能だが、スネイプを頼らなければ手に入らない材料がある。手持ちの薬が減っている事実に、ドラコは苛立たしげに眉を顰めた。 もう一度眠るのは諦めて、ドラコは制服に着替えると寮を出た。地下から這いでて、日の差す廊下を歩く。 早朝のホグワーツは静けさに包まれていた。ゆっくりと回廊を回り、中庭に足を踏み入れる。冷えた空気を吸い込むと、ドラコは小さく笑みを浮かべた。喧騒に無縁の空間と早朝の張り詰めた空気に気分が少しだけ上向く。ドラコは中庭のベンチに腰を下ろし、目を閉じた。 暫くすると七時を伝える鐘の音が辺りに響いた。ドラコは現実に引き戻されたように目を開けると、表情のない顔で城内へと歩き出した。 日常はある意味穏やかだった。日々の生活に代わり映えは無い。当たり前の様にグリフィンドールに背を向けて座り、大広間で食事を摂る。大柄な二人に挟まれて、ほんの少し朝食を摂ると、ドラコは席を立った。クラッブとゴイルがドラコを見上げ、大急ぎで口の中の物を飲み込もうとしたが、二人が口を開く前にドラコはスリザリンのテーブルを離れた。 朝食時で人のまばらな廊下に出ると、ドラコはいつもの様にゆったりとした足取りで教室へと向かって歩き出した。時間は十分にあるので、急ぐ必要はない。 少し歩いたところで、背後から聞こえてきた騒々しい音に、ドラコは眉を顰めた。朝食時だというのに、誰かが落ち着きなく廊下を走っている。苛立ちを覚え、ドラコは減点してしまおうかと足音が横を通り過ぎるのをゆったりとした足取りのまま待った。 「マルフォイ！」 不意に聞こえた声に、ドラコの表情が凍りついた。小さく喉を鳴らし、歩く速度をほんの少し速める。 「マルフォイ！ 待って！」 今度は直ぐ横で声が聞こえた。突然腕を捕まれ、仕方がなく立ち止まると、ドラコは自分の腕を掴む手を睨んだ。 相手の顔を見たくはなかった。ドラコは頑なに視線を腕に落とし、沈黙を守った。 「……あ、あの。僕、話が……」 些か緊張気味にハリーが話し始めた。聞き覚えのある声が、否応なくドラコの耳に入ってくる。痛みを覚えた様に、ドラコは微かに顔を顰めた。 向かい合わせで立ち、ハリーが懸命に何かを話していた。その間に、緊張の為なのかドラコの腕を掴む手の力が徐々に強くなっていく。ドラコはハリーの手を凝視した。軽く自分の手首を一回りするハリーの指は力強く、健康そうな肌色をしている。対して、捕まれた自分の手は血の気の失せた青白い色をしていた。 ―――今度は、何を失くすのだろう？ ドラコはぼんやりとそう考えた。もう、失くすものなど無いのに。そう思っているにも関わらず、ドラコは捕まれた腕から、何かがハリーに奪われていく様な錯覚に陥った。布越しに手首を掴んでいるハリーの手が熱い。その熱さに、ふと、ドラコは言い様の無い恐怖を覚えた。 「……マルフォイ？」 怪訝そうなハリーの声が聞こえる。 ドラコは、そのまま意識を手放した。 next |